梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

1966年のブログ記事

1966年(ムラゴンブログ全体)
  • 小説・フライトレコード(9)

     「家」に帰った。さあ、楽にしてあげますからね。ボクはいるだろうか。豊かでありはしない生活は、どこでつくられるのだろう。ダンスをおぼえよう。いたはずの恋人の、オトナの希望自体に、ボクの責任はない。コドモだったのではありません。既にコドモだ。楽にしてください。あのたまらなく青い空を早く早く真っ赤に染... 続きをみる

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  • 小説・フライトレコード(8)

     抱く、抱かない、抱かない、抱かない、抱く、不遜にもボクはそんなことをつぶやきながら、プラット・ホームの女の子を眺めていた筈だ。そんなとき、その中の一人が度の強いメガネをはずして涙をふいていて、それがたしかボクのいたはずの恋人だったんだ。抱かない。悲しいんじゃないんです。太陽がまぶしいのです。オン... 続きをみる

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  • 小説・フライトレコード(7)

        喫茶店をでると、カナリヤ色の電車が走り出した。あれはボクだ。ボクにちがいない。センセー。生活について教えてください。知ってしまったことに耐えることではない。愛について教えてください。違うんだよ。愛してなんかいねえよ。愛しています。おかしいなあ。吐き気がするのはコーヒーのせいだ。一時間もすれ... 続きをみる

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  • 小説・フライトレコード(6)

        コッカイギジドウマエの次はアカサカミツケである。そこにボクのコドモが後向きで立っていた。ボクはあしたの二時までに「家」に帰らねばならない筈だ。ボクは帰ることができるだろうか。くだらないと思います。坊や元気を出そうね。ボクのコドモはふりかえらずつぶやいた。気をつけ、礼。歌は二度とうたうまい。... 続きをみる

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  • 小説・フライトレコード(5)

     ボクはどこへ行ってしまったと思っていたら、結局友達の部屋で男の子と寝ていた。絶望をかきわけかきわけ生きることのたのしさよ、とかなんとか寝言をつぶやきながら。みじめったらない。女の子は生活の臭いがしていようといまいと嫌いだ。おかあさん。今日も暮れゆく故国の町に、友よさむかろさみしかろ。嘘つけ。男の... 続きをみる

  • 小説・フライトレコード(4)

        ボクはどこにいるのだろう。探さなければならない。フワフワヒラヒラ。雨やむな。トウキョウの上。アヴァヴ・ザ・トウキョウ。電車の屋根が濡れて光った。お嬢さんがコビトになって先生を抱いたまま森の方に歩いて行った。先生、どこに行くのですか。ボクを知りませんか。森へ行こう。森の上。眼をつぶってフワリ... 続きをみる

  • 小説・フライトレコード(3)

        お嬢さんの話をすると、太陽が黄色くなってボクの胸はやけただれ、心臓が止まったはずだ。死んだら、生きなければならない。どこにいるのかボク、だれかボクを知らないか、という歌は賛歌だ。アカサカミツケにいたのはボクではないのですか。そこはボクの消えた場所で、いた場所ではない。おかしいなあ。ボクって... 続きをみる

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  • 小説・フライトレコード(2)

     空は青いだろうな。洗面器はどこにあるのでしょうか。吐かせて下さい。春や春。コタツに入りながら寝てみようか。地下鉄、動け。青い空のない、闇の世界へつれていって下さい。まぶしいなあ、もう。どうやら頭の中のキカイがこわれてしまったらしい。そういえばあのとき、それがいつかもう忘れてしまったけれど、ともか... 続きをみる

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  • 小説・「ダイアローグ・公園」(4)

     「オカシイなあ」   ボクはもうヤケクソになって、というより情けなくなってそうつぶやいた。そしてズボンのお尻に手をやるのも、メンドウだった。「何がオカシイのですか」ボクはなんだかそのヒトがボクのコドモのような気がしてきた。ボクはフンワリとベンチから立ち上がって、駅の方へ歩き出した。「知らないんで... 続きをみる

  • 小説・「ダイアローグ・公園」(3)

     「何しているんだ。そんなところで」  突然の大きな声に、ボクは飛び上がるほど驚いてしまった。そしてあわててズボンのお尻に手をやった。やぶけている。たしかにやぶけているのだ。「あれ、オカシイな」ボクはキツネにばかされたようにキョトンとして、そうつぶやいた。「オカシイじゃねえかよ。どうなっちゃってん... 続きをみる

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  • 小説・「ダイアローグ・公園」(2)

     そのヒトとすわっている公園のベンチのまわりにも、水銀灯がチラホラとつき、あたりは暗くなりはじめた。ボクがモジモジしていていっこう煮えきらないのに、そのヒトはまるで平気だった。偉いな、とボクは思った。なんだかそのヒトが、ボクのお父さんのように思えてきて、甘えてもいいかしらなんて勝手に決めてしまいそ... 続きをみる

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  • 小説・「ダイアローグ・公園」(1)

     「政治」なんてひらきなおられて、ボクは恥部をのぞかれたように真っ赤になってしまった。しかもそのヒトは「政治をやりませんか」というのだ。それはどういう意味なのか、ボクにはサッパリわからなかったので、黙ってモジモジしながら、それでも心の中では、わからないなんて答えるのは恥ずかしいな、と一生懸命考えた... 続きをみる

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  • 小説・「プロローグ・海」(5)

     気がつくと朝でした。そしてボクの両足はいつのまにか真っ白な波に洗われているのです。ボクは夢を見ていたのでしょうか。でもだとしたK子さんがいないのは何故でしょう。ボクは何気なく東の方を見やりました。するとどうしたことでしょう。あの岩の海岸がすぐそこにみえるではありませんか。ボクはかけ出しました。ハ... 続きをみる

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  • 小説・「プロローグ・海」(4)

     「なあんだ、そこにいたの。帰っちゃったのかと思ったわ」   ボクはまたドキリとしました。K子さんの声です。ボクは思わず起き上がると、K子さんはボクの横にすわって自分のタバコにライターで火をつけました。そのうえ、ボクの知らないうちに駅の売店ででも買ったのかもしれません、ウイスキーのビンをあけてそれ... 続きをみる

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  • 小説・「プロローグ・海」(3)

      「何してるのよ。そんなところにねころがって、いやらしい」        K子さんの声です。でも意外なことにその声は、ボクがそうした甘ったれたボクを思わず見つめなおさざるを得ないほど、強烈でそれゆえにあたたかい響きを持っているような気がしました。それが余りにも意外であったために、返す言葉がすぐに... 続きをみる

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  • 小説・「プロローグ・海」(2)

        一時間ばかりたったころでしょうか。窓の景色をながめているはずのK子さんが唄うようにつぶやいたのです。 「春の海ひねもすのたりのたりかな」  そのとたんに汽車がガタンととまって浜辺の駅につきました。ボクが待ちに待っていたそのときに、またもやK子さんのつぶやきによって驚かされ、ボクはオロオロし... 続きをみる

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  • 小説・「プロローグ・海」(1)

        どうやら、あの浜辺に何か忘れものをして来てしまったらしいのです。そしてそれがいったい何であるのかたまらなく確かめたくなって、ボクはその浜辺に引き返すことにしました。その上、その忘れものとそれを確かめにあの浜辺に引き返そうとするボクの「事実」を証明するために、K子さんという大学生に一緒につい... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(10)

     た・た・か・わ・な・か・っ・た。おかしいじゃないか。絶望してボクはタバコを一本すった。モシモシ禁煙デス。三千円以下ノ罰金ニナリマス。ボクは三千円、恋人に用意してもらおうと考えながら、その一本を最後まですった。絶望は二倍になってかえってきた。三千円の絶望。ボクはしあわせだ。ボク達はなぜたたかわなか... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(9)

        カナリア色の電車は、止まった。おかしいじゃないか。ヘルメットと木刀と乱闘服のおまわりが、この電車を止めたのだろうか。スピーカーから、恋人の声が聞こえてきた。たたかいははじまっているのよ。たたかわなければいけないのよ。たたかいをなくすために、平和を守るために、しあわせを勝ちとるために、たたか... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(8)

        生活はみじめだろう。ボクと恋人とのコミュニケーションにおける媒体は何か。それは肉体でも精神でも、その総体としての思想でも、ありはしない。あるいは、それらと現実との接点、すなわちたたかいの場、つまり生活であるか。馬鹿らしい。媒体のないコミュニケーションの自己運動は、ボク達の財産だ。ボク達の、... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(7)

        コドモは、あなたのではなかったのよ。愛していないわ。苦しくないわ。苦しいのよ。しあわせなの。たたかうのよ。ボクは、自分のでないコドモを、美智子とかいう女の子に、安産させてしまったことを、恥じなければならない。恥ずかしかったわ。恋人は死んだ方がいい。ボク達の、これからはじまる生活を、コドモに... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(6)

        朝、スープに浮いていた髪の毛の感傷にサヨナラをいって、ボクと恋人は公園へ行った。恋人は死んだ方がいい。たたかいは、はじまっているかもしれない。そして、ボクと恋人の生活は、その無言のたたかいによって、保証されるのだろうか。恋人を愛していない。それは大切なことだ。ボク達は、むなしさを愛さなけれ... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(5)

        公園の向こうの、森の中のベッドに、美智子とかいう女の子が、生まれたばかりのコドモと一緒に横たわっているのを、ボク達は知っているだろうか。知らない。ボク達は見なかった。だが、ボク達は見た。おまわりが倒れていた。何のために。守るために。守られただろうか。国会議事堂には、ピストルを積んだトラック... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(4)

        ボクは夢をみることがある。恋人を、何よりもまず愛しています。ボクには仕事があります。ボク達は生活しています。おまわりはいません。恋人は安産しました。交通巡査たちは木刀を抜いた。何のために。仕事のためにだろうか。生活のためにだろうか。交通の整理に木刀はいらない。国会議事堂は、木刀では守れない... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(3)

        あまり上手でない恋人同士が、ころげ回っている公園の、生垣のあたりを一人の兵士がかけぬけて行った。おかしいじゃないか。おかしいのです。戦争はまだ始まっていないか、あるいはもう終わったかのどちらかなのに。そうだ、彼はやはり兵士ではなかった。彼は、頭にヘルメットをつけ、腰に木刀をさし、身を乱闘服... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(2)

        サイダーを二人で乾杯したととき、ボクの恋人は流産した。妊娠していることを知らなかった。ボクは、それによってできた恋人の裂け目に手を入れて、引き裂いたのかもしれない。コドモが出てきただろうか。苦しい。愛しているんです。すべてを忘れた方がいいと思います。退屈な生活があるはずがないというような主... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(1)

         美智子とかいう女の子が、安産をしたちょうどその日、ボクの恋人は流産した。恋人が死んだほうがいい。ボクは恋人を愛していないし、恋人もボクを愛していない。美智子とかいう女の子の、腹のふくらみがしだいにへこんで、その代わりに胸のふくらみが大きくなるにつれて、「しあわせ」というやつが美智子とかい... 続きをみる

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  • 大人の童話・「月のエチュード」・《下》

    ・・・オクさん。眠ってしまったのですか。 ボクはオクさんを揺りおこそうとしました。しかしオクさんは眼をさましません。それでいいのです。ボクは静かにオクさんのブラウスのボタンを掛けました。まえより一層寂しくなって一層強くオクさんを抱きしめました。でもそうすればするほど、ボクとオクさんのからだはかすみ... 続きをみる

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  • 大人の童話・「月のエチュード」・《中》

      ボクはもうすっかり取り乱してしまって(なぜならオクさんが発作を起こしてしまったからです)、オクさんの胸にむやみと顔を押しつけながらただひたすらお月さまが雲にかくれるのを待ちました。オクさんが小さくふるえているのは寒さのためではなく発作のためであるのがボクにはよくわかります。オクさんのからだの中... 続きをみる

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  • 大人の童話・「月のエチュード」・《上》

      そこはたしかに味気ない一つの部屋でした。外は冷たいあらしだと云うのに、満ち足りたお月さまだけがやけに明るく輝いているのです。ボクはそのとき、オクさんと二人きり寒さにふるえながら抱き合って寝ていました。  ・・・オクさん。あなたのからだはコタツのように温かいですね。 ・・・顔があついの。 でもや... 続きをみる

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