梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

小説・フライトレコード(4)

    ボクはどこにいるのだろう。探さなければならない。フワフワヒラヒラ。雨やむな。トウキョウの上。アヴァヴ・ザ・トウキョウ。電車の屋根が濡れて光った。お嬢さんがコビトになって先生を抱いたまま森の方に歩いて行った。先生、どこに行くのですか。ボクを知りませんか。森へ行こう。森の上。眼をつぶってフワリと、雨のしずくがベンチにおりた。「喜劇」を「悲劇」に転化すること、それはずっと昔のボクの使命だった。死をそのための座標軸としなければならない。思想くそくらえ。お嬢さん、先生を知りませんか。食べてしまったのよ。ボクを知りませんか。捨てたわ。あいかわらずじゃねえか。相変わらず、生きなければならない。センセー。傘がヒラヒラ花のように動いた。森の中。雨ふれ。雨の中を、戦車が行進して来た。戦車、たたかうくるま。おかしいな。たたかうのはヒトですか、くるまですか。たたかうためのくるま、戦車。たたかうべきくるま、戦車。カブトムシのたたかいにアリは関係ない。どこに行くのでしょう、戦車。車庫に入るんじゃねえのか。たたかわないくるま、戦車。舌を咬まれそこが痛いので、タバコが吸えなかった。ひとり孤独です。森の中。雨がふっていた。吉兆ではありません。ソヨロソヨロとなまあたたかい風が吹いて、雨があがった。くもり。ああとうめいて溜息をついたんだ。
(1966.5.5)