梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「劇団美鳳」(総座長・紫鳳友也)

【劇団美鳳】(総座長・紫鳳友也、座長・林京助)〈平成20年6月公演・柏健康センターみのりの湯〉
 この劇団は、昨年、同じ場所で見聞したことがある。その時の様子を綴った雑文は以下の通りである。(内容は客席の様子で、舞台のことには触れていないが・・・)


 東京近郊の「健康センター」併設の劇場、開演1時間前に、七十歳とおぼしき男性客が一人で入ってきた。桟敷に座布団、客はまばらである。「ええと・・・。どこに座ってもいいのかな?おねえさん(劇場従業員)、芝居見たいんだけど、どこに座ってもいいの?」従業員が応じる。「座布団の上に荷物がなければ、どこでもいいですよ」「ああ、そう。じゃあ、どこがいいかな・・・」と言いながら、あちこちと見やすそうな席を物色している。見かねた常連客(女性・七十歳代)がアドバイスした。「そこが見やすいわよ、そこにしたら?」「ああ、そう・・・。ここが見やすいの。じゃあ、ここにしよう」と言って男性客は荷物を置き、常連客に話しかける。「ありがと、おかあさん(常連客)。よく見やすい席、知ってるねえ。いつも来てんの?そうか、わかった、おかあさん、ひょっとすると『おっかけ』だろ。そうだ、そうだ、『おっかけ』にちがいねえや」常連客は、「はばかりさま、大きなお世話!」という風体でそれには応じなかった。しかし、男性客の言動は止まらない。あたりをキョロキョロ見回すと、再び従業員の所に行って、なにやら尋ねている。「初めてなんで・・・」という言葉の後は不明であったが、従業員の応答でその内容が私にはわかった。「お芝居の時はだめです。舞踊ショーになったら、役者が近くに来ますので、その時にあげてください」役者に御祝儀をプレゼントするタイミングを尋ねたのである。席に戻った後も、男性客は続々と詰めかける観客を相手に大きな声で話しかける。「オレは芝居が好きなんだよ。一度、こういうところで見てみたくてね。楽しみにしてきたんだ」客席は「大入り」となったが、開演直前まで男性客の声は聞こえていた。(うるさい客が雰囲気を壊さなければよいのだが・・・)と、誰もが感じていたに違いない。だがしかし、である。開幕と同時に、男性客の(耳障りな)声はピタリと止まった。「オレは芝居が好きなんだよ」という言葉は真実だったのである。大勢の観客の中に同化し、誰もが男性客の存在を忘れて、芝居は終わった。さて、いよいよ舞踊ショーの始まりである。(はたして件の男性客は御祝儀をプレゼントできるだろうか)「大入り」の客席は、熱気に包まれ、身動きできない状態の中、番組は次々と進行し、とうとう総座長(「劇団美鳳・紫鳳友也)の登場となった。(この雰囲気の中で初めての客が「花を付ける」ことは無理だろう)と私は思っていた。だがしかし、である。総座長が客席に降り、男性客の席に近づいたとき、周囲の客に「押し出されるように」して、彼自身は(スポットライトを浴びながら)役者の前に進み出ていたのである。ふるえがちな手で、しわくちゃの一万円札を総座長の懐に押し込むと、求められた握手も振り払い、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに席に戻る。周囲の拍手喝采が一段と高まった。
 私は、この男性客の積極的な「コミュニケーション能力」、「行動力」に敬服する。初めての場所で、初めての人たちを相手に、「初志貫徹」した、彼の「実践力」こそ「大衆演劇」を支える「大衆のエネルギー(源泉)」そのものではないだろうか。


 さて、「劇団美鳳」は、「劇団紹介」によれば「プロフィール 東京大衆演劇協会所属。平成15(2003)年旗揚げ。総座長・紫鳳友也 昭和55(1980)年6月8日生まれ。大阪府出身。血液型AB型 座長・林京助 昭和48年(1973)年11月27日生まれ。大阪府出身。血液型AB型」とある。何とも「そっけない」内容で、必要最小限の情報しか記されていない。また、キャッチフレーズは、「華麗な兄弟座長が、熱と力で魅せる舞台。華やかな紫鳳哲友也と、個性が光る林京助。二人の座長と、個性豊かな座員がずらりと揃った関東の人気劇団。二人に座長、副座長・北城嵐、頭・東城夢之介、花形・扇さとしと、芸達者が肩を並べているので、人情芝居、剣劇、喜劇、何でもこなせる守備範囲の広さが強みです」であったが、要するに「あっさり」した「関東風」の芸風が目玉ということであろう。「関東の人気劇団」であることは事実で、たしかこの劇場での「大入り」記録を持っているはずである。(昼の部では入場できないことも、しばしばであった)人気の秘密は、男らしい、武張った雰囲気の(それでいてどこかコミカルな)林京助、対照的に、華麗で艶やかな(どこまでも真面目な)紫鳳友也の二人が「醸し出す」コンビネーションの妙にあると思われるが、それを脇から支える扇さとし、東城夢之介の存在も不可欠、さらには、後見(副座長?)・北城嵐の「実力」が舞台全体の礎となっていることは間違いない。 
 今日は、舞踊ショーだけを見聞したが、林京助が踊った「ブランデーグラス」の歌声は石原裕次郎ではなかった。林京助が(踊りながら)舞台袖の幕を「そっと開け」歌い手を見せようとする。でも、その歌い手は決して客席に顔を見せようとしない。裏方に徹しているのである。いったい誰が歌っているのかは「知る人ぞ知る」、私にはわからなかった。そしてまた、その歌声のすばらしさは、石原裕次郎を「はるかに」超えていたのである。このあたりが「関東風」の演出で、客の人気を「かっさらう」源ではないだろうか。ラストショーの一つ前は「道頓堀人情」(唄・天童よしみ)、出色の役者が登場したが、誰だか私にはわからない・「劇団美鳳」といえば、林京助・紫鳳友也、後は扇さとしのはずだが、いったいあれは誰なのか。
 もし、それが北城嵐だったなら、私はすべてを納得する。「後見」「副座長」などという役柄は、まさに「補佐」、「決して目立たない」ことが条件になるからである。
(2008.6.15)