小説・フライトレコード(2)
空は青いだろうな。洗面器はどこにあるのでしょうか。吐かせて下さい。春や春。コタツに入りながら寝てみようか。地下鉄、動け。青い空のない、闇の世界へつれていって下さい。まぶしいなあ、もう。どうやら頭の中のキカイがこわれてしまったらしい。そういえばあのとき、それがいつかもう忘れてしまったけれど、ともかく例の「喜劇」を見てしまったとき、ボクはどこかえ消えてしまったのだった。それゆえ、今日の地下鉄での邂逅はまさに奇蹟といえば奇蹟なのである。でもそんなことに感動しなかったし、ボクも感動しなかった。どうか楽にさせてくれよ。死なせて下さい。甘ったれといわれれば本望だ。胸、とりわけ心臓がオカシクて、青い空がイケナイのです。ザワザワザワ。それから吐いた。動く地下鉄というキャッチ・フレーズ、畜生あれは嘘だ。どこまでも蛍光灯のトンネルがつづいて、吊り革がゆれていた。幅をきかせているのは本当に蛍光灯なのだろうか。それともボクなのか。お嬢さん、ブラウスが揺れていますよ。深呼吸。おちつけ。おちついて思い出してみよう。ボクはどんな顔をしていただろう。ボクは何を考えていただろう。何をしていたのだろう。あの地下鉄のボク。おそらく想像力の破壊されたボク。それは祝福しなければならないことかもしれません。アカサカミツケ。生活を守る日々があったんだな。守ったんだな。深夜の地下鉄工事の町を、胸がはりさけそうになってボクは走ったんだ。朝はまだですか。まだですよ。まだだったんだね。それ以来、空が青くて、たまらなく死にたい。
(1966.5.5)
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。