梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「老いる」ということ・Ⅵ

梨野礫

 (いつ終わりになってもおかしくない)私の人生は終末期を迎えた。物置同然の仕事部屋には、小・中学校時代の教科書、高校時代の詩集、大学時代の文学書、卒業論文、そして現役時代の専門書、研究論文などが、埃にまみれて山積している。梅雨明け前までに廃棄処分しようと思ったが、仕事はかどらない。一冊一冊どれを取っても「思い出」がある。そこには昔の私が居る。本は私の友だちなのである。しかし、色褪せたページの細々とした活字を追うことは、もう私の視力では無理だ。わずかに懐かしい表紙のデザインがぼんやりと映るだけなのだが・・・、それでも棄てることはできない。いつまでも私のそばにいてもらいたい。かくてまた、愛しい書籍の数々は、ウェット・ティッシュで清拭され、もとの本棚に収まることとなった。
 「老いる」とは、そういうことなのである。
(2016.7.28)

「老いる」ということ・Ⅴ

梨野礫

 三十代をミソジ(三十路)、以降を同様にヨソジ(四十路)、イソジ(五十路)、ムソジ(六十路)という。では七十代は・・・?、多分、ナソジ?、そう思いながら、「七十路」をインターネットで検索すると驚いた。冒頭のサイトから高齢者のポルノ画像で埋め尽くされている。タイトルに曰く「七十路の動画89件 動画エロタレスト」「70代還暦高齢熟女動画クロチクビ」「七十路・老婆のカテゴリ・年増宴 人妻熟女動画まとめ」「七十路、70代熟女エロ動画」等々が延々と続き、お目当ての「七十路の読み方は?」は何と十番目に登場する有様であった。不覚にも途中のサイトを検索しそうになったが、待て待て!と自制して、ようやく目的のサイトに辿り着いた次第である。もとより、画像は「醜悪」なものほど伝達力がある、と相場が決まっている。今さら、往時の「ロマンポルノ」を思い出して何になる、それにしても皆さんお元気で何より・・・などと思いながら、「七十路」はナナソジと読むことを確認したのであった。気を取り直して一句、《七十路や次々増える「診察券」》。オソマツ!
 ・・・・・「老いる」とは、そういうことなのである。

(2016.7.21)

「老いる」ということ・Ⅳ

梨野礫

 実にさびしく、情けない限りだが、私の人生は「終末」を迎えたようである。まだしばらくは、心臓をはじめとする内臓器官は機能するかもしれない、しかし、目がかすんできた。新聞、書物、ワープロ、ブログなどで「読み書き」をすることが億劫になってきた。このまま無理強いすれば、身辺処理、移動など、人間としての基本的な能力にも支障が生じることは必定であろう。
 やりたいこと、やり残したことは山ほどある。それが叶わなくなることは口惜しい。しかし、ジタバタすることはやめよう。戦後70余年、私は「日本国憲法」の下で生きてきた。そのおかげで戦争に駆り立てられることもなく、安全で平穏な日々を送ることができた。今、その根幹である「平和主義」が揺るぎ始めているようだが、もう私には時間がない。せめて、四年前に決定した「日本国憲法改正草案・自由民主党」を修正してから往生したいと思うのだが・・・。
 「老いる」とは、そういうことなのである。
(2016.7.20)