梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

小説・「ダイアローグ・公園」(4)

 「オカシイなあ」
  ボクはもうヤケクソになって、というより情けなくなってそうつぶやいた。そしてズボンのお尻に手をやるのも、メンドウだった。「何がオカシイのですか」ボクはなんだかそのヒトがボクのコドモのような気がしてきた。ボクはフンワリとベンチから立ち上がって、駅の方へ歩き出した。「知らないんですよ」ポツリとボクがそうつぶやくと後の方でそのヒトの声がした。「知らない筈はないでしょう。無責任だと思います」ボクは、公園の芝生をゆっくりと歩いた。ふとワーッという声が背中の方でするのだ。一瞬ふりかえると、バネで反射したように、ボクは芝生をころがって走った。沢山のおまわりさんが警棒をふりかざして追いかけてくるのだ。ボクは走った。イケナイ、イケナイと心の中でつぶやいていた。息が苦しくなってハアハアいいながら、ボクは駅の中に飛び込んだ。すると駅の中からも、ワーッと声がしたのだ。モウイケマセンと、ボクは眼をつぶって観念した。
 「クスリッ」という女の子の声が、耳もとでした。ボクはおそるおそる眼をあけた。やけにまぶしかった。だんだん、眼がなれてボクはすべてを諒解した。ベッドの壁にはボクのズボンが掛かっていた。ボクはその女の子に聞いたのだ。「今、朝ですか。それとも昼ですか」「夜よ。ズボンやぶけてたとこ、ぬっておいたわ」蛍光灯って明るすぎるな、とボクは思った。(おわり)
(1966.3.25)