梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・39

■音声模倣の発達過程
【要約】
《音声模倣の開始期》 
 音声模倣は0歳2ヶ月から早くも始まると(Hoyer and Hoyer,1924;Lewis,1951;Stern u.Stern,1907)があるかと思うと、0歳9ヶ月~0歳10ヶ月になってはじめて音声は模倣されると(Darwin,1889;Delacroix,1924;Guillaume,1925)もある。
《非連続発達説》
 開始期についての見解の不一致は、発達の連続ー非連続についての見解の不一致と密接に関連している。まず、非連続説に傾く見解をながめてみる。ルイス(Lewis,1951)によると、音声模倣はつぎの3段階を経て発達する。
 第1段階 “原初的”模倣の時期(0歳4ヶ月まで)
 第2段階 模倣潜伏期(0歳4ヶ月~0歳10ヶ月)
 第3段階 真の模倣の時期(0歳10ヶ月から)
 第1段階を一口でいえば、話しかけられたとき、子どもが何らかの反応を音声で行うという時期である。手本と子どもの音声とが類似するとすれば、それは相手が子どもの発する音声型を予想し、それに合う手本を与えた場合か、あるいはまったくの偶然である。この種の傾向は遅くても0歳3ヶ月には生じる。これを通常は模倣とはいわないが、模倣として扱った理由を、ルイスはつぎのように述べている。
 “第一に、それらは子どもが相手に注目しているときに最も容易に生じるということがある。第二に、子どもの発声は成人の話すのを聞いているときに、よく喚起されるということである”(Lewis,1957)。
 原初的模倣期のあと、ほぼ0歳4ヶ月~0歳10ヶ月の長い時期にわたる模倣潜伏が生じる。ルイスによれば、原初的模倣期では、その発声はそれが生じる事態とはまったく連合していない。しかし、その後、子どもの聞く談話音声は子どもにとって意味的なものになってくる。したがって、談話を聞くとき、子どもはその音声にではなく、その事態に注意を奪われるようになり、その結果、音声を発しないようになるのだという。
 音声模倣が発達初期に一時減退ないし消失することは比較的広く承認されているが、その多くは、身体運動の遂行と熟達のための自己訓練へのエネルギーの偏向的な使用によって妨げられる結果として説明されてきた。直立と歩行が音声行動に対立して、その発現と発達を妨害すると考えられてきた。ルイスが潜在期を、その後の言語発達にとって本質的に重要な、意味化の進展の時期であるとした点は、注目に値するであろう。
 アーリット(Arlitt,1946)は、音声模倣はこの期に減退するのではなく発達の停滞が生じると考え、その原因を模倣動機の消滅に求めないで、技能学習過程のみられる“高原”の現象のなかに求めた。複雑な技能の習得において、非能率で低次の仕方から能率的で高次の仕方へと転換する直前の時期に、見かけ上、向上のない時期が生じる。これが“高原”である。アーリットは、音声模倣も一つの複雑な技能である以上、習得過程に“高原”が生じるのは当然だと考え、音声模倣の見かけ上の低迷は、いままで行使してきた比較的低次の習慣的な行動型の効率が極限に達し、しかも、より高度の習慣が形成されるに至らない時期であるとした。
 ルイスは、この模倣潜伏期のあとに、はじめて意味への関心に支えられた真の模倣的音声が生じてくるという。その時期はほぼ0歳10ヶ月である。この時点が連続説の多くの研究者が認める音声模倣の開始期と一致する点に注目すべきである。このように、意味と音声という二つの面への注意が平衡化されてくるとき、言語発達に直接寄与する音声模倣が開始されたのである。子どもは、そこではじめて自分の模倣能力に対する一種の満足感を味わい、これによってますます活発に音声の模倣を行うようになり、かつ、その類似度も高められていく。その結果、模倣は意味が随伴する範囲を超え、模倣のための模倣にまで達する。子どもにとって無意味な音声にまで模倣は及ぶようになる。しかし、これが新しい音声パターンをふくむ語の音声の習得のために、この上なく都合のよい傾向である。


【感想】
 ここでは、音声模倣の「非連続発達説」(ルイスら)について述べられている。第1段階は0歳4ヶ月までの“原初的”模倣の時期であり、お手本と子どもの音声に類似性はない。相手(親など)が子どもの発声を模倣し、それを聞いて子どもも発声するという段階である。ここで重要なことは、子どもが模倣する前に、親の方が子どもの発声を模倣しなければ、子どもの発声(模倣)は活発にならないということだと。私は思う。
 自閉症児の場合、この“原初的”模倣の時期が(0歳4ヶ月までに)あったか、ということが究明されなければならない。
 その後、第2段階の模倣潜伏期に入る。子どもの音声模倣は減退し、消滅したかのように感じられるが、ルイスによれば、子どもは大人の談話音声の意味を理解するようになったので、音声よりもその意味(事態)の方に注意を奪われ、その結果、(模倣)音声を発しないようになるということである。この時期(ほぼ6ヶ月間)、子どもは自発的に喃語、ジャーゴンを発していると思われるが、それらの音声と模倣音声との関連はどのように考えればよいのだろうか。
 そして第3段階の「真の」模倣の時期が始まる。お手本と子どもの音声との類似性が高まるので、「子どもは話していることを十分に理解している」と大人は錯覚することも多い。自閉症児の場合、テレビのアナウンス、コマーシャルの音声を巧みに模倣できるが、その意味は、せいぜい「映像」(画面)と連合できる程度ではないだろうか。第1段階、第2段階をスキップして、いきなり第3段階から模倣を始めるということは考えられないだろうか。
 次節では「連続発達説」について述べられているので、その解答が得られるかもしれない。(2018.6.3)