梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・41

■音声模倣の機制
【要約】
 語の形成は、喃語活動にふくまれる音声の自然の固定化によって達成されるとは考えられない。幼児は、必要な語を形成するさいに、新しい音声を習得する必要がおこってくる。さらに、多くの異なる音声を組み合わせて作られてくる反応を習得する必要があるが、これは模倣以外の方法で達成されるとは考えられない。
 音声模倣の機制については、大きく分けるとつぎの二つの説になろう。一つは、音声模倣を外的な強化に依存して習慣として形成されるものだという説である。他の一つは、音声模倣を子ども本来がもっている“同一視”の機制によって説明するものである。前者は主としてS-R学習理論家により主張される説であり、後者は概して社会心理学的ないし精神分析的傾向を有する行動理論家の採用する説である。
《外的強化説》
 代表的立場はスキナー(Skinner,1957)にみられる。彼は一方において、喃語のなかにふくまれる一部の音声を外的に強化することによって言語音声は固定化されることを主張しながら、他方、音声模倣を通じての新しい音声の獲得ルートも考えている。後者のルートについて説明する。
 彼は音声模倣を“教育的強化”により説明しようとする。教育的強化というのは、リーダーが子どもに対して、“Say・・・”と促す場合、子どもがリーダーから要求された語(・・・)で答えるとき、言語的その他の仕方で社会的に報酬を受けることである。このような外的強化が、子どもをして“手本に合わす行為”、あるいは模倣を活発にさせる。彼は、個々の模倣反応を“反響反応”ないし“反響オペラント”とよび、この反応の一個人における全体集合を“反響レパートリー”とよんでいる。スキナーは、言語音声の獲得は、教育的強化を用いない場合には、子どもがその音声を偶然、自発的に生産するのを待って強化を与える以外に方法がないと信じ、そのような仕方では、子どもが短期間に獲得する音声は知れたものであるにちがいないので、これでは実際の子どもの急速な言語習得の足どりを説明することはできないと考えたようである。
 教育的強化にはもう一つの重要な働きがある。それはこの強化を通じて獲得される音声の単位は、順序としては、はじめは個々の単音ではなく、もっと大きな単位(語あるいは句)だということである。したがって、これより小さい単位の獲得はその後で起こる。
“子どもに要求される最初の反響オペラントはかなり大きな全体パターンであることが多く、それらは彼に新しいパターンを反響させるためにはほとんど役に立たない。分割可能な「談話音」の水準における単位レパートリーはそのあとで発達し、しばしばそれはきわめて徐々に発達する。小さな反響反応はこのようなレパートリーを形成する目的のために、親その他の人によって強化される。・・・基本的な反響レパートリーを発達させるためには、言語刺激と言語反応との最小の対応を強調するような教育計画は必要ではない。より大きな対応が形成されれば、最小の反響オペラントは当然、機能するようになる。すべてがbという音声からはじまる12個の複雑な反響反応が習得されるとき、子どもはbという反響オペラントの機能的独立性を認識させられる”(Skinner,1957)。
 このようにスキナーは、音声模倣が外的強化に基づいて形成されるという立場は貫いているが、その形成ルートとしては、⑴喃語活動中の音声に対する選択強化と、⑵“教育的強化”との二つを認めている。しかし、⑵のルートも、その最初の形式には特定音声による発声が子どもの側に半ば偶然に生じなければ成立しない。この場合には、“Say・・・”という一定の言語刺激を与えることのよって、訓練者が発声一般を促す機会を作ることができる点に特色が感じられるのであるが、このことなら⑴でも可能であることはラインゴールドらの実験で明かなのである。結局⑵では、子どもの自然の音声模倣傾向は暗黙のうちに認められているのであり、この点をさらに徹底させていくと、つぎに述べる“同一視”あるいはそれに代わる子どもの社会的な素質的傾向を認める立場に近づくように思われる。


【感想】
 ここでは、子どもが音声模倣をする機制(しくみ・メカニズム)について述べられている。言い換えれば、子どもは「なぜ模倣をするか」ということであり、それには二つの説がある。一つは、「“外的強化”に依存して習慣として形成される」という説であり、他の一つは「子どもが本来もっている“同一視”の機制による」という説である。
 自閉症児は「音声模倣」をすることが可能だが、それは周囲の人からの“外的強化”があったからか、それとも、本来の“同一視”の機制が働いたからか、はきわめて興味深い問題である。   
 著者はまず“外的強化”説について説明する。ここで重要なことは、子どもが模倣するのは「かなり大きな全体パターン」から始まり、徐々に「最小のパターン」に進んでいくという過程であると、私は思った。つまり、子どもはまず大人の談話音の「全体」を模倣するのであり、「ア」とか「カ」という単音を模倣するわけではない。「全体」とは語調(抑揚やリズム、アクセント)のことである。「ア」と「カ」を模倣させて「アカ」とつなげても「赤」という談話音にはならないということである。
 自閉症児の中には、単音をあらわす「かな文字」を早くから習得し、音読できるケースが見られるが、それが生活上の言語獲得(対話能力)に結びつかないことは、しばしば指摘されている。彼らには、一瞬で消失する音声という(時間的な)聴覚情報よりも、決して消えない文字という視覚情報に依存する傾向が強いのではないだろうか。
 また、私たちの英語学習においても、まずアルファベットを習得し、それらを組み合わせて「単語」「句」「文」を構成(理解)していこうとする指導法に偏ってはいないだろうか。要するに、音声言語はまず「全体パターン」を聞き分け、模倣することによって獲得可能になるのではないか、ということである。
 以降を読み進めることで、そのことを確かめたいと思う。(2018.6.11)