小説・「プロローグ・海」(5)
気がつくと朝でした。そしてボクの両足はいつのまにか真っ白な波に洗われているのです。ボクは夢を見ていたのでしょうか。でもだとしたK子さんがいないのは何故でしょう。ボクは何気なく東の方を見やりました。するとどうしたことでしょう。あの岩の海岸がすぐそこにみえるではありませんか。ボクはかけ出しました。ハアハア息をはずませて、ボクはきのう絵をかいた場所に立ちました。そこでボクは気が動転するほど驚くべきものを見たのです。それはボクの「たましい」でした。沢山の岩の中に、ひときわ奇妙な形をしてその姿を波に洗わせているのです。ボクはすべてを諒解しました。ボクはもう本当に町に帰ることができなくなってしまったのです。ボクの忘れものの正体は他ならぬボクの「たましい」でした。そしてボクはきのう絵をかいたことによって、ボクの「たましい」とその岩を物々交換してしまったらしいのです。そのひときわ奇妙な形をした岩を、いやボクの「たましい」を持ち帰ることができない以上ボクは永遠にこの場所にとどまらなければならないのでしょう。 ボクは今度こそ本当に涙を流しました。
「うぬぼれないでよ」
たしかにK子さんの声がしたように思います。しかしK子さんのすがたはどこにも見えませんでした。(了)
(1966.3.10)
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