梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

小説・センチメンタル・バラード(3)

    あまり上手でない恋人同士が、ころげ回っている公園の、生垣のあたりを一人の兵士がかけぬけて行った。おかしいじゃないか。おかしいのです。戦争はまだ始まっていないか、あるいはもう終わったかのどちらかなのに。そうだ、彼はやはり兵士ではなかった。彼は、頭にヘルメットをつけ、腰に木刀をさし、身を乱闘服でおおった、何よりもまず交通巡査だったのだ。おかしいじゃないか。おかしくありません。ボクは恋人との生活について再び考えるためにこの公園に来ていたのかもしれない。暗がりで抱きあっている恋人達と討論すべきだっただろうか。流産しましたか。しますか。すべきですか。日の丸が国会議事堂にひるがえったとき、ボクと恋人は拝みながら、お賽銭箱がないのに気がついた。そして「黒地ニ赤ク血ノ丸染メテ」という歌が好きになるだろうか。
 彼、すなわち交通巡査は公園をかけ抜けて、仲間のもとに加わった。ボクは彼の公園をかけ抜ける行為に感動しなければならない。彼は逃げていたのかもしれない。何から。わからない。公園の恋人達は、ほとんど彼に気づかない。公園には彼等を除いて、誰もいない。ボクはおまわりが嫌いだ。彼には生活があるだろうか。彼の仕事は交通の整理と国会議事堂の警備だろうか。ボクの恋人の仕事は、ボクに生活費を与えることだろうか。僕の仕事は、ない。恋人がヘルメットと木刀と乱闘服を身につけていないのは何故か。
(1966.4.20)