「愛着障害」(岡田尊司・光文社新書・2011年)要約・16
《おわりに 愛着を軽視してきた合理主義社会の破綻》
・この数十年、社会環境が、愛着を守るよりも、それを軽視し、損なう方向に変化してきた。
・効率的な社会において、人間の根幹である愛着というベースが切り崩されることによって、社会の絆が崩壊するだけでなく、個々の人間も生きていくのに困難を抱えやすくなっている。合理主義に基づく社会の再構築は、みごとに失敗し、もっとも致命的な破綻を来しているのである。その失敗を引きずりながら、もがいているのが、われわれの現状と言えるだろう。その状況を変えていくためには、愛着という原点から、もう一度社会を作りな直していく必要があるだろう。
【感想】
・愛着を軽視してきた合理主義社会の破綻について、私は全面的に同意する。以上で本書を読了するが、その内容は、今から40年前に著された「言語発達の臨床」(田口恒夫編・光生館・昭和51年)と「ほぼ同じ」であることを確認した。当時の理論は、「おおむね誤りである」と否定されたようだが、今、「愛着障害」という形で復活したとすれば、画期的なことである。田口恒夫博士は、その後「今、赤ちゃんが危ない」という遺作を残して他界したが、そこに真理が隠されていた、と私は確信する。 ・街へ出れば、必ずと言っていいほど、乳幼児を連れた若い両親に出会う。子どもをベビーカーに乗せ、両親はスマホに熱中している。はたしてその親子に「愛着関係」は成立しているのだろうか。
・この要約を終了するにあたり、今ではあまり歌われたくなってしまった童謡二編を紹介したい。①「やさしいおかあさま」〈わたしが おねむになったとき やさしくねんねんこもりうた 歌って ねかせてくださった ほんとにやさしい おかあさま 夏は ねびえをせぬように 冬はおかぜを ひかぬよう おふとん なおしてくださった ほんとにやさしい おかあさま わたしが 大きくなったなら ご恩をお返し いたします それまでたっしゃで まっててね ほんとにやさしい おかあさま〉(詞・稲穂雅巳、曲・海沼実、1940年)、②「かあさんの歌」〈かあさんは 夜なべをして 手ぶくろ 編(あ)んでくれた こがらし吹いちゃ つめたかろうて せっせと編んだだよ 故郷(ふるさと)のたよりはとどく いろりのにおいがした かあさんは 麻糸(あさいと)つむぐ 一日 つむぐ おとうは土間(どま)で 藁(わら)打ち仕事 おまえもがんばれよ 故郷の冬はさみしい せめて ラジオ聞かせたい かあさんの あかぎれ痛い 生味噌(なまみそ)をすりこむ 根雪(ねゆき)もとけりゃ もうすぐ春だで 畑が待ってるよ 小川のせせらぎが聞える なつかしさがしみとおる(詞、曲・窪田聡・1956年)
(2015.9.30)
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