小説・フライトレコード(5)
ボクはどこへ行ってしまったと思っていたら、結局友達の部屋で男の子と寝ていた。絶望をかきわけかきわけ生きることのたのしさよ、とかなんとか寝言をつぶやきながら。みじめったらない。女の子は生活の臭いがしていようといまいと嫌いだ。おかあさん。今日も暮れゆく故国の町に、友よさむかろさみしかろ。嘘つけ。男の子と寝ていたのは、やっぱりボクではなくて、女の子だったんだ。わからない。ボクが寝言などつぶやくはずがない。耳のうしろがジーンとなるのは「おでき」のせいだ。病気。ボクは、たしか健康だった。ジリジリと電話が鳴って、女の子の声がした。あなたを殺したいんです。とてもうれしいけどわからねえな。そんな告白をしたってあなたを殺せやしないのに。あなたって誰ですか。あなたよ。退屈だ。きっと「おでき」がささやいたんだ。頭痛がするのもそのためだ。きっときっと生きて帰ってきてね。町の食堂で兵隊さんがタンメンをたべているなんて、事実だ。ドッキリドッキリ心臓がひびいて、頭がクラクラした。おい。その後ろにボクがいたんだ。びっくりしたなあ、もう。本当にボクがいたのでしょうか。あのボクが、そしてこのボクが。ボクって誰ですか。誰なのですか。電話だ。ジリジリジリ。もしもし、アカサカミツケまで来てください。いやです。何ですって。いやなんです。遠いんです、もう一度。いやです。わからないなあ、どうしてですか。遠いんです。もしもし、聞こえますか。聞こえませんよ。電話だ。おいしいですか、タンメン。食堂を出たとき、夜になった。元気をだそう。
(1966.5.5)
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