梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・31

■提示
【要約】
 身振りは、その表示方法の上で2種類に分けることができる。一つは、現前場面に依存せずに、対象ないし事象そのものを模写的にあるいは象徴的に絵画化する仕方であり、もう一つは、現前場面に依存する対象ないし事象を指摘する仕方である。後者の典型的な場合として指示行為があるが、これと同種の行為として“提示”がある。
 指でさし示すのではなく、物を実際に手にして、あるいはその物のかたわらへつれていくことによって示す行動を“提示”とよぶ。この行為は、人間幼児だけでなく、家畜化された動物、犬やサルにはみられる。提示行為は指示行為よりも低次の精神機能に基づいているといえるであろう。
 子どもは欲求する対象を相手にわからせるために、その物を拾いあげたり、相手の手や身体を引いたり押したりして、その対象に注目させようと努める。たとえば、レコードをかけてほしいときに、レコードをもってきたり、相手をレコードのある場所へひっぱっていこうとしたりする。
 提示は非現前の事象を表示することができず、この点が指示と同様、伝達効果の上で大きな限界になっている。しかも、提示は、移動せずに遠方のものを表示したり当面の事態から特定部分を抽出したりすることができないという、さらに大きな限界が加えられているのである。


【感想】
 自閉症児の、いわゆる「クレーン現象」は、まさにここでいう「提示行為」である。自閉症児の多くは、指示行為のかわりに提示行為を頻発する。なぜだろうか。著者は「提示行為は指示行為よりも低次の精神機能に基づいているといえるだろう」と述べている。暗に、自閉症児の精神機能が低次の段階にとどまっていることを示唆しているようだが、本当にそうだろうか。
 育児者が「指をさす」という行為をしなかった。子どもに直接、事物を「提示」した。その結果、子どもは「指をさす」という行為を模倣できずに、「提示する」という行為を模倣せざるを得なかった、ということは考えられないだろうか。 
 専門家は、実際に育児の場面を観察したのだろうか。提示が指示に比べて「低次の精神機能」であるという見解は専門家の推論にすぎない、と私は思う。
 自閉症児が育児者に絵本を持ってきたとする。育児者は「本を読んでほしい」という子どもの欲求を「先回り」してすぐに読み始めれば、子どもの欲求は満たされ、提示という手段が「そのまま」固定してしまうことはないだろうか。
 いずれにしても、自閉症児の「クレーン現象」は、育児者への自発的な「かかわり」として重要であり、それをどのように指示行為や他の身振りに発展させるかが大きな課題である、と私は思った。(2018.5.5)