梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

小説・センチメンタル・バラード(6)

    朝、スープに浮いていた髪の毛の感傷にサヨナラをいって、ボクと恋人は公園へ行った。恋人は死んだ方がいい。たたかいは、はじまっているかもしれない。そして、ボクと恋人の生活は、その無言のたたかいによって、保証されるのだろうか。恋人を愛していない。それは大切なことだ。ボク達は、むなしさを愛さなければならない。おまわりがいた。私建を無理やりたたかわせるのは誰ですか。私達は守らなければなりません。この沈黙が、つまりおまわりの前の、公園の恋人達が、それほどまでに彼等を恐怖におとし入れるなんて、馬鹿らしい。たたかうことがむなしく、たたかわないことがむなしいとき、ボクはたたかわなければならないのです。ボクの内側に蓄えられた、インクのしみの総量は、はたしてむなしいたたかいをたたかうために、たたかわないむなしさを愛することを教えただろうか。サヨウナラ。生活はどこにもない。
(1966.4.20)


【補説】「ボクの内側に蓄えられた、インクのしみの総量は」、すべてきれいに(跡形もなく)洗い流され、私は「生まれ変わったように」、白々しく「たたかわないむなしさ」を愛し続けてきたという次第・・・。サヨウナラ。そして、今もまだ「生活はどこにもない」。恋人の面影だけが、かげろうのように漂っている。
(2011.5.1)