梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

2021年7月のブログ記事

  • 小説・「プロローグ・海」(1)

        どうやら、あの浜辺に何か忘れものをして来てしまったらしいのです。そしてそれがいったい何であるのかたまらなく確かめたくなって、ボクはその浜辺に引き返すことにしました。その上、その忘れものとそれを確かめにあの浜辺に引き返そうとするボクの「事実」を証明するために、K子さんという大学生に一緒につい... 続きをみる

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  • 「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の現実(矛盾)

     今回に限ったことではないが、これまでと同様に、「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」の現実は、「オリンピック憲章」に掲げられている基本理念(「オリンピズムの根本原則」)とは無縁のところで行われている。 《その理由1》 「オリンピズムの根本原則・1」では、以下のように述べられている。... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(10)

     た・た・か・わ・な・か・っ・た。おかしいじゃないか。絶望してボクはタバコを一本すった。モシモシ禁煙デス。三千円以下ノ罰金ニナリマス。ボクは三千円、恋人に用意してもらおうと考えながら、その一本を最後まですった。絶望は二倍になってかえってきた。三千円の絶望。ボクはしあわせだ。ボク達はなぜたたかわなか... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(9)

        カナリア色の電車は、止まった。おかしいじゃないか。ヘルメットと木刀と乱闘服のおまわりが、この電車を止めたのだろうか。スピーカーから、恋人の声が聞こえてきた。たたかいははじまっているのよ。たたかわなければいけないのよ。たたかいをなくすために、平和を守るために、しあわせを勝ちとるために、たたか... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(8)

        生活はみじめだろう。ボクと恋人とのコミュニケーションにおける媒体は何か。それは肉体でも精神でも、その総体としての思想でも、ありはしない。あるいは、それらと現実との接点、すなわちたたかいの場、つまり生活であるか。馬鹿らしい。媒体のないコミュニケーションの自己運動は、ボク達の財産だ。ボク達の、... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(7)

        コドモは、あなたのではなかったのよ。愛していないわ。苦しくないわ。苦しいのよ。しあわせなの。たたかうのよ。ボクは、自分のでないコドモを、美智子とかいう女の子に、安産させてしまったことを、恥じなければならない。恥ずかしかったわ。恋人は死んだ方がいい。ボク達の、これからはじまる生活を、コドモに... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(6)

        朝、スープに浮いていた髪の毛の感傷にサヨナラをいって、ボクと恋人は公園へ行った。恋人は死んだ方がいい。たたかいは、はじまっているかもしれない。そして、ボクと恋人の生活は、その無言のたたかいによって、保証されるのだろうか。恋人を愛していない。それは大切なことだ。ボク達は、むなしさを愛さなけれ... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(5)

        公園の向こうの、森の中のベッドに、美智子とかいう女の子が、生まれたばかりのコドモと一緒に横たわっているのを、ボク達は知っているだろうか。知らない。ボク達は見なかった。だが、ボク達は見た。おまわりが倒れていた。何のために。守るために。守られただろうか。国会議事堂には、ピストルを積んだトラック... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(4)

        ボクは夢をみることがある。恋人を、何よりもまず愛しています。ボクには仕事があります。ボク達は生活しています。おまわりはいません。恋人は安産しました。交通巡査たちは木刀を抜いた。何のために。仕事のためにだろうか。生活のためにだろうか。交通の整理に木刀はいらない。国会議事堂は、木刀では守れない... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(3)

        あまり上手でない恋人同士が、ころげ回っている公園の、生垣のあたりを一人の兵士がかけぬけて行った。おかしいじゃないか。おかしいのです。戦争はまだ始まっていないか、あるいはもう終わったかのどちらかなのに。そうだ、彼はやはり兵士ではなかった。彼は、頭にヘルメットをつけ、腰に木刀をさし、身を乱闘服... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(2)

        サイダーを二人で乾杯したととき、ボクの恋人は流産した。妊娠していることを知らなかった。ボクは、それによってできた恋人の裂け目に手を入れて、引き裂いたのかもしれない。コドモが出てきただろうか。苦しい。愛しているんです。すべてを忘れた方がいいと思います。退屈な生活があるはずがないというような主... 続きをみる

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  • 小説・センチメンタル・バラード(1)

         美智子とかいう女の子が、安産をしたちょうどその日、ボクの恋人は流産した。恋人が死んだほうがいい。ボクは恋人を愛していないし、恋人もボクを愛していない。美智子とかいう女の子の、腹のふくらみがしだいにへこんで、その代わりに胸のふくらみが大きくなるにつれて、「しあわせ」というやつが美智子とかい... 続きをみる

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  • 詩・ジュー(「青春うつ病詩集」より)

     たまらなくなって外へ出た。沁みこんでじっとりとした、鉄筋コンクリートの窓のような格子の外は、朝から、重くたれこめた乳汁のように、空が寒かった。時々冷たい雨が落ちていたのは知っていたが、こんな土砂降りであろうとは。私は興奮していた。  光るだけで、燃えない蛍光灯に長い間照らされて、私はたまらなく苛... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(6)

        私の歩みは、玉川上水の流れに規定されているということを、はたして女は知っていたのだろうか、いや私とて知るすべもなく、人間が性懲りもなく繰り返す悲喜劇に天は思わず感極まって涙を流した。 「あら雨かしら。雨が降ってきたのよ」 その声は、折からパッと開かれたアジサイ色のパラソルと同様、可憐この上... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(5)

        夢もうつつもまぼろしも、一枚の紙の重さほどの説得力すらすでに消え失せ、あげくのはてに私みずからの存在証明にあけくれる日々のためにこそ流れ行く玉川上水の鉛色の水でさえ、どこかよそよそしく、はやくも女はサンドイッチを入れた信玄袋をかかえて、どこか素敵な木陰はないかしら、だが私は絶望する必要はな... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(4)

    ・・・あなたは1960年6月15日の正午、どこで何をしていましたか。 漠然とした不安が、一つの焦りとなって私を震撼させた。一つの真実ではなく、もう一つの事実を要求する取調官の問いかけは、はたして私自身の存在にとって致命的なものであったろうか。 ・・・よくおぼえておりません。 そういえば、酒宴の人々... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(3)

     私が思わず居間の方をふりかえると、父はそこに集まった客の間から間へと、何事も無かったようにニコニコと、酒を注いで回っていた。これは何かの間違いではあるまいか。私としては、そうとしか考えようがなかった。だが、もし間違いであればなおさらのこと、私は警察に出頭しなければならない。とはいえ、逮捕令状もな... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(2)

     京の夢、大阪の夢。私は昨日、私の生活の大団円の夢をみた。そのとき、私はすでに私ではなく、行きずりの生活でめぐりあった人々のすべてと最後の酒宴を共にする中で、恍惚として感謝の涙を流していた。だが例によって、一抹の不安の兆しにあたりを見回すと、そうだ母親がわりの、今は老いさらばえた醜女が土間の隅で、... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(1)

     高田馬場から、西武線を西へ50分、玉川上水駅に降り立ち、見ればふとかたわらを流れる鉛色の人食い川を、さかのぼって羽村の取入口まで約15キロ、なお西へ向かって私は憤然と歩き出すのだ。玉川上水といえば。今は昔、コメディアン・太宰治の息の根をとめたほど、満面あますところなくやさしさの微笑をたたえた、温... 続きをみる

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  • 巨星墜つ!作家・大西巨人氏の《死》

     東京新聞朝刊(30面)に、作家・大西巨人氏の訃報が載った。「骨太な批評精神と大作『神聖喜劇』で知られる作家の大西巨人(本名のりと)氏が12日、肺炎のため、さいたま市内の自宅で死去した。97歳。福岡県出身。葬儀・告別式は故人の遺志で行わない。作家の大西赤人氏は長男。(以下略)」  私にとっては、ま... 続きをみる

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  • 《駄句七句》 ◆せせらぎの闇を横切る蛍かな ◆蜥蜴走る真間川の縁昼下がり ◆尻尾切り蔵に逃げ込む蜥蜴かな ◆尾を捨てて闇に紛れる蜥蜴かな ◆じっとして平和を祈る蝦蟇 ◆宅地でも「あれは蛙の銀の笛」 ◆銀の笛蛙はすでに失せにけり (2017.5.29)

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  • 映画「浪華悲歌」(監督・溝口健二・1936年)

     ユーチューブで映画「浪華悲歌」(監督・溝口健二・1936年)を観た。19歳の女優・山田五十鈴主演の傑作である。冒頭は、薬種問屋の主人・麻居(志賀廼家弁慶)が、けたたましい嗽いの音を立てて洗面・歯みがきをしている。タオルで顔を拭きながら縁側に出る。女中に「このタオル、しめってるがな」。朝の太陽を仰... 続きをみる

  • 映画「桃中軒雲右衛門」(監督・成瀬巳喜男・1936年)

     原作は真山青果、明治から大正にかけ、浪曲界の大看板で「浪聖」と謳われた桃中軒雲右衛門の「身辺情話」である。成瀬作品にしては珍しく「男性中心」の映画で、女優は雲右衛門の曲師であり妻女のお妻を演じた細川ちか子、愛妾・千鳥を演じた千葉早智子しか存在感がない。(他は、ほとんど芸者衆である。)  筋書きは... 続きをみる

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  • 映画「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)

     ユーチューブで映画「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)を観た。横浜のホテル(実際はチャブ屋)で働く一人の女・お雪(桑野通子)とその息子・春雄(爆弾小僧)が、様々な「仕打ち」を受ける物語(悲劇)である。  筋書きは単純、お雪はシングルマザー、一人息子の春雄(小学校1年生)を立派に育て上げよう... 続きをみる

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  • 映画「浅草の灯」(監督・島津保次郎・1935年)

     ユーチューブで映画「浅草の灯」(監督・島津保次郎・1935年)を観た。東京・浅草を舞台に繰り広げられるオペラ一座の座長、座員、観客、地元の人々の物語である。  冒頭は、オペレッタ「ボッカチオ」の舞台、座員一同が「ベアトリ姉ちゃん」を合唱し ている。その中には、山上七郎(上原謙)が居る。藤井寛平(... 続きをみる

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  • 映画「サーカス五人組」(監督・成瀬巳喜男・1935年)

     ユーチューブで映画「サーカス五人組」(監督・成瀬巳喜男・1935年)を観た。この映画、タイトル、スタッフ、キャスト紹介までの画面は鮮明であったが、物語が始まった途端に、どこがどこやら、誰が誰やら、茫として判らない。要するに、フィルムが劣化して霞がかかっているのだ。それもまた一興、古文書を解き明か... 続きをみる

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  • コロナ・おかしなこと(4)

     《ワクチン接種は何のためにするか。いうまでもなく感染予防のためだ。》と、私は(前回)書いたが、それは《誤り》であることがわかった。ワクチンで感染は防げない。防ぐことができるのは《発症》だということだ。つまり、ワクチンを接種していれば、感染しても発症しない、もしくは軽症で治まるということらしい。な... 続きをみる

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  • 映画「港の日本娘」(監督・清水宏・1933年)

     ユーチューブで映画「港の日本娘」(監督・清水宏・1933年)を観た。戦前の男女の色模様を描いた傑作である。港の日本娘とは黒川砂子(及川道子)のことである。彼女には無二の親友、ドラ・ケンネル(井上雪子)がいた。この二人に絡むのが男三人、プレイボーイのヘンリー(江川宇礼雄)、貧乏な街頭画家・三浦(齋... 続きをみる

  • 映画「按摩と女」(監督・清水宏・1938年)

    監督・清水宏、戦前傑作の逸品である。山の温泉場(おそらく塩原か?)に向かう按摩の徳一(徳大寺伸)と福市(日守新一)が四方山話をしながら歩いている。青葉の頃になったので、海の温泉場から山の湯治場に一年ぶりでやって来たのだ。「こうしていると、青葉の景色が見えるようだ」「今日は目明きを何人追い越した?」... 続きをみる

  • 映画「阿部一族」(監督・熊谷久虎・1938年)

     ユーチューブで映画「阿部一族」(監督・熊谷久虎・1938年)を観た。タイトルの前に「国民精神総動員 帝国政府」という字幕が一瞬映し出される。原作は森鷗外、九州肥後藩で起きた、一族滅亡の物語である。監督・熊谷久虎も九州出身、女優・原節子の義兄として知られているが、この映画を制作後(1941年)、国... 続きをみる

  • コロナ・おかしなこと(3)

     新型コロナワクチンを接種するか、しないかは「自由」である。しかし最近、「接種していなければ○○できない」などと、接種を《条件》とする風潮がある。「接種は自分のためにするのではない。《公共の福祉》のためにするのだ」といった同調圧力が感じられる。「みんながコロナに罹らないようにするためには、みんなが... 続きをみる

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  • 映画「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)

     ユーチューブで映画「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)を観た。タイトルに「三宅由岐子作『春愁紀』より」とある。舞台は神奈川・鎌倉海岸の別荘地、ある別荘に母・加代(清川玉枝)とその息子、長男の天沼朝次(大川平八郎)、次男の天沼夕次(佐伯秀雄)が住んでいた。母は芸者上がりのシングル・マザー... 続きをみる

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  • 映画「故郷(ふるさと)」(監督・伊丹万作・1937年)

     ユーチューブで映画「故郷(ふるさと)」(監督・伊丹万作・1937年)を観た。  信州の山村にある酒屋の家族の物語である。タイトルバックには、ニワトリ、牛、犬の鳴き声、小鳥の囀り、子どもたちの唱歌「水師営の会見」が聞こえる。やがて映し出されたのは「喜多の園」という看板の酒屋で、味噌、缶詰なども扱っ... 続きをみる

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  • コロナ・おかしなこと(2)

     米ジョンズ・ホプキンズ大の集計(「東京新聞」朝刊連載・「世界の新型コロナウィルス感染者」)によれば、7月1日現在、世界の新型コロナウィルスの感染者は1億8221万4039人で、感染率(感染者数÷総人口)は約2.3%である。 国別では、最多が米国で3366万5034人(感染率約10.2%)で、以下... 続きをみる

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  • 映画「女の歴史」(監督・成瀬巳喜男・1963年)

     ユーチューブで映画「女の歴史」(監督・成瀬巳喜男・1963年)を観た。この映画には三組の男女が登場する。一は清水幸一(宝田明)と信子(高峰秀子)の夫婦、二は幸一の父・清水正二郎(清水元)と母・君子(賀原夏子)の夫婦、三は幸一の息子・功平(少年期・堀米広幸、成人後・山崎努)と恋人・富永みどり(星由... 続きをみる

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  • 映画「青春の夢いまいずこ」(監督・小津安二郎・1932年)

     ユーチューブで映画「青春の夢いまいづこ」(監督・小津安二郎・1932年)を観た。この作品は三年前の「学生ロマンス若き日」、二年前の「落第はしたけれど」に続く、第3弾とでもいえようか。戦前の青春ドラマ(学生ロマンス)の中でも屈指の名品である。  舞台は前作と同じW大学、登場する俳優も、齋藤達雄、大... 続きをみる