梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「障害乳幼児の発達研究」(J・ヘルムート編・岩本憲監訳・黎明書房・昭和50年)抄読・2

【Ⅱ 社会的ディプリペーション環境下の養育から生まれてくる異常行動】
・赤毛ザルの社会的発達に影響するパラメーターを調査するために、Wisconsinの研究室の実験者は、母ザルと仲間ザルの中で養育される環境を、体系的な代償と、この環境における社会的要素をとりのけることによって変えてきた。これらの研究の目的が異常行動パタンをつくりだすことではなかったけれども、ある社会的異常性というものが観察された。これらの異常性の関係を論ずるのがここでのねらいである。
《A 代用母ザルと仲間ザルの中での養育は後日どのような発達をとげるか》
・養育環境の1つの変容として、実の母ザルの代わりに布製の代用母ザルを用いた(Harlow 1958, HarlowとSuomi 1970c)。布製の代用母ザルのもとで育てられた子ザルも、すがりつき反応をするし、見知らぬ事態に対する恐怖反応も緩和されることがわかってきた(HarlowとZimmermann 1959)。代用母ザルと仲間ザルがいる環境で育てられたサルは、いくらか遅れるとはいえ、十分な社会的発達を示し、成熟するにつれて相対的に見て正常な社会的、性的、母性的行動を示すことがわかっている。Hansen(1966)、Rosenblum(1961)、HarlowとHarlow(1968)、SuomiとHarlow(1969)、HarlowとSuomi(1970c)らの研究の結論としては、代用母ザルと仲間ザルの中で育てられると行動異常はほとんど生じないが、ただ自分のからだに口で接触する反応は多くなり、また手足を用いて自分のからだを握りしめたり、定型的な揺すりを時折示した。このようなサルは成体になるまでに、社会的、性的、母性的行動の点では相対的にうかく発達してくるのである。
《B 仲間ザルだけがいる事態で育てられると後日の発達はどうなるか》
・この養育条件は“子ザル同士の共生”事態とよばれてきた。この共生群の成員数は2匹から6匹であるが、ある行動異常はグループの成員数とはかかわりなく生じてきた。子ザル同士で育っているサルはすぐに“汽車ポッポ”型として示されてきたような相互にすがりつくことを学習する。この型は、母ザルと仲間ザルの中で育ってきた子ザルよりも、もっと長くつづく。その要因として2つ考えられる。①すがりついている相手は、お互いに母ザルがするようなきびしさで子ザルを拒否しないから。②母ザルと仲間ザルがいる事態では、子ザルはしばしば探索しているため、腹部の母性的接触よりも他の仲間ザルの方へ誘惑される。子ザル同士の事態では、その集団の成員全員がお互いにすがりついているとすれば、探索行動をとっているものはいないのだから、その行動パタンを破る仲間は誰もいないからである。
・仲間同士で育つサルは、長い間すがりつき反応を示し、それに加えて過度に自分のからだに口で接触する反応を示し、移動や探索行動も異常に低い水準を示し、また遊びの行動や性的身構えの点でも遅滞している。彼らは最小のストレス事態に対しても過敏であるが、このことは社会環境の中で保護的な母性的事物が欠けているからである。
・しかし、仲間同士で育ったサルは、5か月頃からすがりつき反応をしなくなり、正常な遊びの型が生じてくる。遊びの頻数や強度は、母ザルと仲間ザルの中で育てられた同年配のサルと同じ水準までにはならない。攻撃的遊びはめったにあらわれない。自分のからだに口で接触する反応は成体になるまでつづくが、それは恐怖刺激に対する感受性や攻撃行動に欠けているからである。彼らはおくびょうである。性的行動は相対的にみて正常になってくるし、雌はよき母ザルになるのが普通である。
・要約すると、仲間同士で育ってきたサルにみられる多くの行動異常は、生後2年目の終わりまでには消えてなくなり、明らかに残っている行動異常としては、後の社会的、性的、母性的行動にいくらかの影響がある程度のものである。
《C 母ザルだけで育てると、後日どのような発達をとげるか》
・Alexander(1966)の研究によれば、以下のとおりである。
・母ザルに育てられた4匹の子ザルは最初の4か月間、仲間ザルと隔離された(A)が、一方つぎの4匹については最初の8か月間、母ザルとだけ交渉させてみた(B)。Aを、後に仲間と交渉させてみると、すぐに十分でしかも典型的なサルの遊びのパタンを示した。母ザルや仲間ザルと一緒に遊び場で育ったグループ(C)と比較すると、仲間との交渉や攻撃性の面ではいくらか低い水準を示したが、それを除いては社会的にも性的にも有能であった。Bもまた、Aと同じような結果であった。
・これらのサルは12か月のとき、母ザルと隔離された。
・2か月後にこれらのサルを生後6か月になる見知らぬサルと対面させてみると、Bはきわめて攻撃的な行動を示し、Aは普通程度の攻撃的行動を示し、Cはほとんど攻撃的行動を示さなかった。仲間ザルとのディプリペーションは、接触をしたがらなくなり、きわめて攻撃的なサルになり、ディプリペーションの期間が長いほどその徴候が大になってくるようである。
・AもBも、一般的に言えば、総体的にみると後日の社会的ならびに性的行動という面では異常はなかった。
*これまでの3つの養育事態では、いくつかの特殊な異常性を除いては、われわれが正常とよぶ限界内での遊びや性的行動、母性行動をつくりだしている。
*しかし、仲間ザルが存在するとか、母乳をもたない代用母ザルとはかかわりなく、実母ザルとの交渉を断ち切られたサルが、過度にしかも長い期間にわたって自分のからだに口で接触する反応を示すという一貫した結果を見捨てるわけにはいかない。
*仲間ザルとだけで育ったサルは、軽いストレスのかかった事態に対しても異常に反応し、一方母ザルとだけ育ったサルは社会的事態においては極めて攻撃的である。
*実母ザルまたは代用母ザルの存在は恐怖反応を子ザルの行動レパートリーへ統合していくことを促進し、一方仲間との交渉の機会は優性攻撃反応の社会化を促進する。
《D 部分的社会隔離の条件で育てると、後日どのような発達をとげるか》
・部分的社会隔離という養育条件がある。サルは裸針金製の檻の中で個別に育てられ、そこでは他の成員を見たり他の成員の発声を聞いたりはできるが、身体接触はできない場面である。そのような初期経験をすると、後日の発達はきわめて意味深いものになってくる(CrossとHarlow 1965)。
・部分的に隔離された赤ん坊ザルは、自分のからだをぴったりとくっつけ、自分の手足の指を吸う反応をする(すがりつき反射・吸啜反射)。これら2つのパタンは少なくとも最初の6か月間彼らの行動を支配している。これに対応して、移動したり探索することが少なく、その代わりに揺すったり檻の中でぶら下がるといったような反復的で定型的な行動パタンを示す。成長するにつれて攻撃反応をあらわすが、社会的な標的がいなくなると、自分自身に向かい自己攻撃を行う(CrossとHarlow 1965)。
・そのようなあからさまな異常行動パタンは(7歳を過ぎると)減少あるいは解消する。(CrossとHarlow 1965)。しかし、移動とか探索といったような適応的行動も成長するにつれて減少する。10歳になると、目覚めているときはほとんどいつもぼんやりと外を見て家庭檻の前部に坐ってばかりいる(Suomi, Harlowおよび Kimball 1971)。もし外部からの刺激作用をうけると、彼らはしばしば急に極端な自己攻撃や異様な定型的な活動をしだす(CrossとHarlow 1965)。
・部分的社会隔離の条件で生後1年間育てられたサルは、社会的、性的、母性的行動という面ではきわめて欠けている。社会的事態では、かれらはめったに他のサルとの間に交渉をもとうとしないが、そのかわり回避ならびに障害行動パタンをあらわすのが普通である(Pratt 1967,1969)。(社会的交渉の機会を与え続けていると)しまいには、ぎこちないやり方ではあるが遊びの活動のきざしを示す。彼らの性行動は無能である。欲望をもっていることはたしかだが、相手が慣れた構えで性行為を望んでも、身構えやテクニックは適切ではない。雌ザルのうち普通のやり方で妊娠した例はほとんどなく、雄の場合も同様である(Senko 1966)。妊娠して子を産み、母ザルになった場合、多くは自分の子に対して無関心であるか、残酷に虐待する。
*要約すると、部分的社会隔離条件での養育は、赤毛ザルの種に適切な行動の発達にきわめて重大な衰弱効果をもっている。サルがもっている社会的レパートリーは制限され、原始的なものであり、自分のからだに口で接触する、手足を用いて自分のからだを握りしめる、自己攻撃とか定型的行動などの異常行動を示すようになる。
《E 完全な社会隔離条件で育てると、後日どのような発達をとげるか》
・完全に社会隔離され育てられると、子ザルは身体的にも視覚的にもどの霊長類の種の成員とも接触を拒むようになり(Rowland 1964)、ある場合には聴覚的接触も拒むようになる(Sackett 1965)。
・生後3か月間完全に社会隔離されて育てられたサルは、その事態から脱け出すと、極端な抑うつ状態となる。しかし、もし社会的交渉をする機会が与えられると、その後正常な社会的発達をとげる(Boelkins 1963, GriffinとHarlow 1966)。
・生後6か月間以上社会隔離されて育てられると、その後激烈に一層破壊的な行動を示すようになってくる。遊び場に入れられても、ほとんど(普通に育てられた)他のサルと遊ぶということがなく、近寄らない(Rowland 1964, Harlow, Dodsworthおよび Harlow 1965)
・探索したり移動する行動が少なく、一層顕著で怪奇な行動を示す。すべて攻撃的行動をとるようになってくるが、自己に向けられた攻撃であるか、社会的事態においてその向け方が不適切な場合にいずれかである。赤ん坊ザルに対して攻撃したり、優越した成体の雄ザルに対して攻撃をかけたりする。(社会的になれっこになっているサルはやらない攻撃)
・性的には不適切であり、雌は母性的には無能力である。
*要約すると、完全な社会隔離はサルの適切な社会行動の発達に関して破壊的な永続効果をもっている。その有害効果は、隔離された期間に比例している。6か月間隔離されたサルは社会的順応がうまくいかず、1年間隔離されたサルは半動物的植物に過ぎず、自分自身をどの社会的事態においても防衛することができないように思われる(HarlowとHarlow 1968)。
*上記の研究ではっきりしてきたことは、初期における子ザルの社会的環境の性質は、後日の社会的発達におよぼす効果が大きいという点である。初期において母ザルまたは仲間ザルがいないと、微妙でしかも重大な変調をきたし、もしそうでなかったら正常な社会的発達をとげるのである。すべての社会的関係が否定されると、その後社会的発達は全くしかも永久的に衰えていく。
*子ザルの隔離操作が、出生時または生後まもなくはじめられると、それが年長になって操作されるよりも悪影響は少ないということは興味深いことである。生後6か月間社会的環境で育てられ、そして6か月間完全に社会隔離されてきたサルは、その後きわめて攻撃的な社会行動を示すが、それでもなおきちんとした遊びや適切な社会的刺激に対する性的反応を発展させうる(Clark 1968, MitchellとClark 1968)。一定の社会的環境に対してどのようにどれだけの期間当面していたかということが、その環境が特殊なサルの社会的発達におよぼす効果の決定因になってくる。


 以上が、【Ⅱ 社会的ディプリペーション環境下の養育から生まれてくる異常行動】の要約である。ディプリペーションとは「剥奪」というほどの意味だと思われるが、子ザルを実母ザルや仲間ザルから引き離して育てると、様々な「異常行動」をするようになる、という経過が「実証的に」述べられていて、たいそう興味深かった。その異常行動は、(隔離養育によって)本来の優性行動が保障されないために生じる。「反射行動」(すがりつき反射・吸啜反応)が阻害(剥奪)されると、自分のからだを抱きしめる、自分のからだに口で接触する。「社会的偏好」が阻害(剥奪)されると、集団から孤立する。「潜在的行動」(恐怖反応・攻撃反応)が阻害されると、探索や移動の激減、反復的で定型的な行動パタン(常同行動)、自己攻撃、性的行動不全、育児放棄などの徴候が顕著になる。これらの「異常行動」は、明らかに「隔離養育」という《環境要因》によって生じている。サルの事例をそのまま人間にあてはめることはできないにしても、母ザルや仲間ザルとの交渉を「剥奪」された子ザルの「異常行動」は、自閉症児の「異常行動」と「瓜二つ」であることに注目しなければならない、と私は思う。自分の手足で自分のからだを抱きしめる、自分のからだをいつも揺すっている、自分のからだを傷つける(自傷)、人見知りをしない、集団から孤立する等々、その「共通点」は明らかであろう。とりわけ、「自分のからだに口で接触する」行動は、人間の場合「指しゃぶり」と言われ、(母子接触を断たれれば)誰でもが行う「おなじみの」行為ではなかろうか。また、〈10歳になる部分的に隔離されたサルは目覚めているときはほとんどいつもぼんやりと外を見て家庭檻の前部に坐ってばかりいる。もし外部からの刺激作用をうけると、彼らはしばしば急に極端な自己攻撃や異様な定型的な活動をしだす〉という記述は、まさに「自閉症サル」といった様相で、少なくともサルという動物においては(隔離養育という)《環境要因》によって、自閉的症状が生じるという明確な証明である、と私は思った。(2014.3.15)