梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

小説・センチメンタル・バラード(10)

 た・た・か・わ・な・か・っ・た。おかしいじゃないか。絶望してボクはタバコを一本すった。モシモシ禁煙デス。三千円以下ノ罰金ニナリマス。ボクは三千円、恋人に用意してもらおうと考えながら、その一本を最後まですった。絶望は二倍になってかえってきた。三千円の絶望。ボクはしあわせだ。ボク達はなぜたたかわなかったのだろうか。むなしさを愛しているからだろうか。たたかいはむなしいだろうか。カナリア色の電車は、電車であることをやめた。おまわりはどぶどろの海の中に立ち、恋人達はささやきあい、ボクの恋人とコドモはどうなったかわからない。ボクは恋人にあうために電車のドアからおりようとした。しかし、ボクは、ボクがどこにいるのかわからなくなっていた。というより、カナリア色の電車が、恋人達が、兵士のようなおまわりが、みごとなコンポジションをえがいて、一つの平面的な世界へと凝縮してしまった。ボクは、その外にはみ出して、ウロウロした。愛していないのよ。〈了〉
(1966.4.20)


【補説】吉本隆明によれば、芸術で用いられる言語は「表出言語」。「指示言語」と違って、「伝達」を目指さない。一切のコミュニケーションを「断絶」する。自己の内部から湧き上がる「心象」を、そのまま表出する。場合によっては「沈黙」も言語だとか。はたして何人の読者が、その「世界」を共感できるか。いずれにせよ、「詩人」は、意味不明な「表出言語」を羅列する。その結果、詩人とは「変人」「奇人」の代名詞ということに。生産社会においては「厄介者」に成り下がる。
(2011.5.10)