梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

《「聞く力」を育てるために》・3・「記銘力」

3 記銘力
 その3は、「記銘力」であります。特に、音声言語を聞いて、音の数や、その意味をいくつまで「憶えられるか」という能力です。知能検査には、「数の復唱」という課題があります。こちらが「3・5・8・4・2」などと言って、その通りに復唱させる検査ですが、それは「聞いて憶える能力」を測定しています。かつて国語の教科書(小学校1年生)には、五つの単語を「聞いて憶える」内容がありました。したがって、6歳児の「記銘力」は「5」が標準だと考えられます。私たち「成人」でも「7」程度が限界だと思われます。(電話番号で試してみてください)聴覚障害がある場合、「音」をはっきりと聞き分けられないので、「聞いて憶え」ようとする意欲が低下し、結果として「記銘力」も身につかないということが考えられます。「よく聞こえなければ憶えられない」ことは当然と思います。その子の「快適レベル」で音を聞かせることが大前提になります。
 では、「記銘力」を育てる学習活動は、どのように進めればよいでしょうか。
① 単語を聞いて、それに該当する「絵カード」を拾う。
単語は、すでに「聞き分けられる」ものを5個程度選びます。子どもの前にその「絵カード」を並べ、指導者は「1語」を言います。子どもが、それに該当する「絵カード」を拾えれば、記銘力は「1」ということになります。同様に、「2語」「3語」「4語」ずつ言い、子どもの反応を観察します。指導者が「言い終わってから」拾うことが原則ですが、まだ言い終わらないうちに拾おうとする子どもがいます。また、言った順番を無視して拾おうとする子どももいます。さらに、最後の「1語」だけ聞いて、それを拾おうとする子もいます。そんな場合は、まだ「聞いて憶える」自信がないと思われます。
 記銘力が「1」と「2」では、子どもの気持ちに「大きな差」があります。「1」の段階では、相手に応じることで「精一杯」であり、考える「余裕」がありません。自信がない、落ち着きがない、表情がこわばる、などの行動が目立つでしょう。しかし、「2」になると、「聞こう」とする態度が確立し、自分から指導者に「注目」するようになります。「3」以上になると、「自信」が高まり、「やりとり」を楽しめるようになるでしょう。
したがって、この活動では、「記銘力」を「1」から「2」へと高めることがポイントになります。どうすればよいでしょうか。
 指導者は「1語」を言います。子どもが、それに該当する「絵カード」を「拾い終わらないうちに」、「2語目」を言います。子どもの頭の中は「1語目」のイメージでいっぱいになっているでしょう。そのときに「2語目」(新しいイメージ)を「添加」する必要があるのです。当初は「エッ、何?」ととまどうかもしれません。そのときは、もう一度確実に「聞かせれば」よいのです。そのことを繰り返しながら、聞き返すことがなくなることを「待ち続ける」ことが大切だと思います。できるようになったら、指導者は、両手を出して「2語ずつ」言います。子どもに「絵カード」を2枚拾う活動であることを知らせるためです。それもできるようになったら、役割を交代します。子どもが「2語ずつ」言い、指導者が拾います。同様にして、「3語ずつ」「4語ずつ」というように活動をステップアップしてください。
② 鍵盤ハーモニカの「探り弾き」をする。
 鍵盤ハーモニカを2台用意します。はじめに、指導者は、鍵盤を見せ「ドレミ」「ミレド」「ドドド」など「3音」のメロディーを「聞かせ」ます。子どもは、それを「見て」、模倣します。スムーズに模倣できるようだったら、「ドレミファソ」「ソファミレド」「ドレミレド」「ミレドレミ」など「5音」に増やします。(音楽の学習ではありませんので、「指使い」は自由にします)
 「3音」の模倣がスムーズにできないような場合は、1台の鍵盤ハーモニカで「楽しく」遊びます。指導者が「吹く」、子どもが「鍵盤を押す」、子どもが「吹く」、指導者が「鍵盤を押す」というように役割を交代して、その「音」に慣れ親しむことが大切です。指導者が「吹き」、子どもと一緒に「鍵盤を押す」(演奏する)、指導者が「伴奏」して、子どもが「歌う」などという活動を繰り返しながら、「自信」「意欲」を高めましょう。
 「3音」の模倣ができるようになったら、指導者と子どもの間に衝立を置き、「音」だけを聞いて「模倣」(探り弾き)ができるようにします。「5音」までできるようになったら、「かえるの歌」「チューリップ」など簡単な童謡を演奏できるようになると思います。
 音楽のメロディーは、「弁別力」「記銘力」を養うためには恰好の教材だと思います。逆に言えば、音楽が好きで、歌える歌があるという子どもには、「弁別力」「記銘力」が十分に備わっているということもできます。
③ 「ことわざ」「俳句」を憶える。
 現在、「ことわざ」「俳句」のカードが、数多く市販されています。(例・くもん、CD付きの学習参考書など)それらを使って、「ことわざ」や「俳句」に「親しむ」ことは、「記銘力」を高めるのに大いに役立つでしょう。カルタ取りのように、「ことわざ」「俳句」を聞いて「絵カード」を拾う。「ことわざ」「俳句」の上の句を聞いて、「絵カード」を拾う。「絵カード」を見て、「ことわざ」「俳句」を言う。上の句を聞いて、下の句を言う。そのような活動を、指導者と子どもが「役割交代」しながら、「楽しく」繰り返すことが大切だと思います。
 昔、「俳句カルタ」という優れた教材がありました。それは「百人一首」のように、「絵カード」と「字カード」があります。「絵カード」の裏には、下の句の字が書かれています。どんな点が優れているかというと、たとえば、「赤い椿白い椿と落ちにけり」という句では、「絵カード」には、その句の情景が描かれています。文字は何も書かれていません。しかし裏を見ると「落ちにけり」という字が書かれています。「字カード」には「赤い椿白い椿と落ちにけり」と書かれています。同様に、「夕立や家めぐりて鳴くあひる」「静かさや岩にしみいる蝉の声」「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」などの句がありました。それらの「絵カード」を並べて、俳句を聞かせると、子どもたちは何の苦もなく、該当の「絵カード」を拾うことができました。句全部を聞き分けられなくても、「赤い」「白い」「家」「あひる」「蝉」「柿」などということばを「部分的」に聞き取れれば、正答できるからです。無理な場合には、「赤」「白」「あひる」「蝉」「柿」などといって、「絵カード」を拾わせればよいわけです。文字が読める子の場合には、「絵カード」を裏返して、下の句の字と「字カード」を見比べて、正誤を判断することができます。私は、まず「絵カード」を裏返しにして、下の句を聞かせ、該当するカードを裏返して「絵」で確認し、さらに下の句を聞かせて、裏の字で確認するという方法を繰り返しました。下の句を憶えたら、「絵カード」を並べ、上の句だけ読んで、「絵カード」を裏返し、下の句を字で確認します。大切なことは、結果の正誤を子ども自身が「判断」することだと思います。そんな活動を行うには恰好の教材だったと思います。
④ 「ひらがな五十音」「かけ算九九」を暗誦する。
 いずれも「表」を見ながら、「復唱音読」「同時音読」を繰り返し、「行」「列」「段」ごとに暗誦できるようにすることで、「記銘力」を養うことができます。
 「記銘力」は、俗に「ものおぼえ」といわれる能力で、「個人差」があります。現在、いくつの情報を頭の中に貯めておけるか、指導者は子どもの実態を的確に把握しておかなければなりません。いわゆる「学習障害児」(LD)などと呼ばれる子どもの「問題」には、「記銘力」が足りないために生じている支障が少なくないと思われます。「落ち着きがない」「話を最後まで聞こうとしない」「早合点する」「聞き誤りが多い」といった「問題」の大きな要因として「記銘力」の不足がないかどうか、見極めることが大切だと思います。(つづく)