梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・62

《自己行動調整機能の発達》
 はじめ他者への伝達手段であった談話が、子ども自身が自己の行動を統制し組織化するための手段を分化すること、および、まえには二人のひとに分かれていた“話すー聞く”という機能が、のちに個人行動の中へ統一的に内化されること。この発達過程を分析する方法が、(Luria)を中心とするソ連の発達心理学者によって開発され、新しい知見がもたらされている(Luria,1959,1961)。以下、その代表的なものを発達順序にしたがってとりあげる。
⑴ 幼い子どもでは、他者の与える言語的教示の効果は、外的条件によって大いに妨げられる。1歳2カ月~1歳4カ月以前の子どもでも、玩具の魚を提示して“魚をとってごらん”というと、正しく反応できるが、魚を子どもから遠ざけ、もっと色彩の鮮やかな、子どもの目を引くネコの玩具を子どもと魚の間に置くと、1歳0カ月~1歳2カ月の子どもでは、ネコをつかんでしまう。妨げられなくなるのは、1歳4カ月~1歳6カ月以降である。
⑵ 他者の与える言語的教示の効果には“惰性”がある。1歳0カ月~1歳2カ月の子どもに魚の玩具とウマの玩具を子どもから等距離に離して示す。“魚をとってごらん”というと、容易に従うことができるが、魚を再びもとの場所において、“ウマをとってごらん”というと、ウマという語の意味をよく知っているにもかかわらず、再び魚をとる。幼い子どもほどこの傾向は強い。
⑶ 直接的な視覚的手がかりに比較して、言語的教示の指令機能は弱い。1歳4カ月~1歳6カ月の子どもの目の前にコップとタンブラーを各1個伏せて置く。目の前で左側にあるコップの下に硬貨を入れ、これを見つけさせる。この課題は容易に解ける。つづいて、右側のタンブラーの下に硬貨を入れる。かなり多くの子どもはタンブラーの下を探さずに、コップの下を探す。これは運動反応の惰性である。しかし、1歳8カ月~2歳0カ月になれば、こうした課題は容易に解決される。この年齢になると、視覚像の指令的役割は非常に強力なものとなり、運動反応の惰性はこれによって克服される。
⑷ 禁止的な言語的教示は無効であったり、禁止された反応をかえって促進させる。3歳児につぎのような言語的教示を与える。“赤い光がついたときはいつでもゴム給を握り、青い光がついたときは決してゴム球を握ってはいけない”。つまり、子どもに対して言語的に選択反応の遂行を命じる。テスト前に教示の意味を確認、反唱させたにもかかわらず、3歳児はこの2種の信号に正しく反応することはできなかった。この言語的教示は複雑な準備的言語結合を命じられることであり、そこには二つの条件文という複雑な形式と内容がふくまれている。禁止的教示は運動反応を抑制する方向に作用せず、かえってその触発を助けている。“文の意味論的な意味とその指令的役割との間の実用的な対応”(Luria,1959)は、さらに年長にならないと生じてこないのである。
⑸ 言語による自己行動の調整は、3歳児にも困難である。2歳0カ月~2歳10カ月の子どもに、光がつくごとにGo!といわせ、同時にゴム球を握らせるよう言語的に教示した。しかし、彼らには、信号に対する反応に言語的な自己命令を協応させるということが困難であって、結果は過多の紋切り型の命令と、それに一致しない運動反応が生じ、あるいは、彼らの全エネルギーは発声にほうへ一方的に転換され、把握反応のほうは制止されていった。この段階の子どもは、まだ言語的結合と運動的結合とをふくむ中枢神経過程の体系を作りあげていないので、みずから発する談話によって自己の行動を指令し調整することはできないのである。この課題は3歳児になるとできるようになるが、赤い光がついたら、Press!といい、ゴム球を握り、青い光を見たら、Don't press!といい、ゴム球を握らないという命令には3歳~3歳6カ月の子どもでも難しかった。彼らは赤いほうへの肯定的な言語的自己命令は正しく実行し、運動反応もよく協応したが、青い光への禁止的な言語的自己命令は正しく生じる場合にも、運動反応の抑制とは協応しなかった。抑制的な自己命令は、その意味面が作用せず、衝動面が作用してしまうのである。自己の談話が意味的結合を基礎として選択体系を支配するようになるには、なお1カ年は待たなければならない。


【感想】
 ここでは、ルリアを中心とするソ連の発達心理学者によって開発された、新しい知見が紹介されている。私が前節の感想で述べた、自閉症児の問題(「屋上はダメです。昇りません」と言いながら(独語で談話しながら)、屋上に昇って行った。彼の談話は彼の行動を十分に調節できなかったわけだが、それはなぜだろうか、という問題)の謎が少し解けたような気がする。要するに、それは自閉症児特有の限られた問題ではなく、2歳~3歳台の子どもには「誰にでも見られる」ことだといえる、ということがわかった。彼の「言語理解」の発達がまだ4歳~5歳レベルに達していないからである。それだけのことに過ぎないが、では、なぜ達しないかという問題が、次に生じる。以下を読み進めることで、また何かがわかるかもしれない。(2018.8.4)