梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「幼児の言語発達」(村田孝次著・培風館・1968年)抄読・59

《代表過程の二つの発達水準》
【要約】
 代表過程とは、“代表するもの”と“代表されるもの”との間の分化である。ピアジェ(Piaget,1945)に従って、“代表するもの”を“能記”、“代表されるもの”を“所記”とよぶ。この二つの用語は、フランスの言語学者ソシュール(Saussure)によって用いられたものである。
 能記ー所記の関係を、つぎの二つの水準に従って区別することができる。一つは、能記が所記に対して“自然な”、あるいは“無条件的な”有縁性をもつような水準にあるものである。たとえば、幼い子どもは丸めた粘土を団子とみなして遊ぶ。彼らは丸い粘土を団子という所記の能記として扱う。これは粘土が団子の物理的に支配的な特性(大きさ、形、てざわりなど)のいくつかをふくんでいるからである。両者の間の能記ー所記関係は、このような自然的有縁性によって実現可能となる。また、イヌの鳴き声が実物のイヌの能記となる。これらの有縁的な関係というものは、純粋に必然的な関係ではなく、また、両者は相互交換的な関係にあるものではなく、この性質こそ、代表過程の基本的な性質でもある。前述したブルーナー(Bryner,1964;Bruner et al.,1966)の“模像的代表過程”は、有縁的水準にある代表過程をさし、能記は所記に近似している。
 他方、イヌあるいはdogというような慣用語に対する、実物のイヌの関係の場合のように、能記の所記に対する有縁性が認められず、両者の関係がまったく任意的であるような代表過程の水準がある。これは、言語的代表過程ないし言語理解に典型的にみられる。このような能記の所記からの完全な独立は、能記が所記の範疇のなかには求められない新しい範疇(たとえば、抽象的な性質)を形成するためには、ぜひ必要な条件であり、音声言語記号がこのような条件を備えた能記であることはいうまでもない・


【感想】
 ここでは、代表過程の二つの発達水準について述べられている。代表過程とは“代表するもの”(能記)と“代表されるもの”(所記)との間の分化であり、第一の水準では、能記と所記の間に「有縁性」(近似性)があるが、第二の水準になると両者の間に有縁性は認められず、まったく任意的になる、ということがわかった。
 犬を「ワンワン」とよぶのは第一の水準であり、「イヌ」「dog」とよぶのは第二の水準である。この第一の水準が「どのようにして」「何が契機となって」第二の水準に《発達》していくか、ということは極めて興味深い問題である。自閉症児の場合、この第一の水準をスキップして、いきなり第二の水準(の言語)に至ることはないか。以下を読むことで、何かがわかるかもしれない。(2018.8.1)