梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

相模原殺傷事件・容疑者の「ハードル」

 相模原殺傷事件の容疑者が「作戦」(犯行)を実行するまでには、いくつかのハードルがあった。その一は、衆議院議長の承認・許可を得ることである。彼は手紙の中で「ご決断頂ければいつでも作戦を実行致します」と述べている。しかし回答は得られなかった。その二は、施設長との面談である。施設長は彼の「優生思想」を戒めたが、従わなかった。その三は、警察署との接触である。警察は、他害のおそれがあるとして、緊急措置入院という手段を講じた。その四は、病院の対応である。大麻精神病、非社会性パーソナリティー障害、妄想性障害、薬物性精神病性障害などという診断により措置入院(身柄拘束)となったが、12日後には退院を許された。その五は、友人との対話である。彼は「一緒にやろう」と誘ったが、断られた。いずれのハードルも、容疑者の「妄想・狂信」とみなされ、まともに扱われなかったため、容易に飛び越えることができたのである。本来、最も高いハードルは、「家族の絆」であるべきだが、彼の家庭はすでに崩壊しているのかもしれない。いずれにせよ、容疑者をとりまく周囲の人々は、犯行を未然に防ぐことができなかった。要するに、面倒にはかかわりたくないという「たらい回し」の空気が蔓延していることが問題なのである。上記ハードルの中で、容疑者の優生思想、妄想、狂信と真正面から立ち向かい、改めようとする人物が一人もいなかった、そうした社会のあり方をどのように変えていかなければならないか、そのことが今、私たち一人一人に問われているのではないだろうか。(2016.8.8)