梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症治療の到達点」(太田昌孝・永井洋子編著・日本文化科学・1992年)検討(2)・Ⅰ章・2

《要約》
1)認知障害についての理解の変遷
⑴初期の認知障害の理解
・自閉症はKanner(1943)の報告した当初は、部分的に高い認知能力を示すことから、知的能力は障害されていないと考えられていた。その知的能力(認知能力)が発揮されないのは、自閉という症状のためであると解釈されていた。このため、知能テストをはじめとする認知テストは、能力を正しく測っていないとして、その結果については無視されてきた。
・1960年代になり、認知科学の影響も受けて、自閉症の認知機能に対する研究が始まった。それは、まず標準知能テストについて行われたが、潜在的知能の良好さという仮定に疑問が向けられるようになった。知能テストをはじめとする認知テストは自閉症においても十分な妥当性があることが明確になってきた。
⑵知能テストによる所見とその意義
・第1には、自閉症児が課題を拒否するのは情緒障害のためではなく課題ができないためであり、適切な課題を選択すると非常によく応じるということである。
・第2には、自閉症やそれに伴う症状の変化にかかわらず、長期的に見た自閉症児の知能指数(IQ)は安定しており、再現性は保たれていることである。
・第3には、言語能力の評価を含む標準的な知能テストで求めたIQを見ると、50以下が過半数以上を占め、境界知能を含めた正常範囲は10~20%程度に分布する。
・第4には、自閉症児の認知発達は不均衡であり特有なパターンを持っていることである。この特有な認知のパターンは世界の報告ともかなりの類似性をもっている。文化や人種の違いを越えて類似した認知のパターンを持つことは、自閉症における脳機能の共通の障害を表していると考えられる。
・第5には、5~6歳のときに総合的な知能テストで得られたIQは、予後を予測する重要な因子である。特定の部分的に高い能力は将来の適応とはあまり関係しないことである。
・これらの心理学的テストの結果の示すことは、自閉症では“自閉”という情緒障害のために、本来正常である認知能力が現れてこないとする仮定が崩れたことである。それと同時に、この結果は、自閉症の認知障害に対して、神経学的な方法により接近することが可能であることを示している。
・このような心理学的研究を土台に、我々は自閉症の認知発達の障害について研究し、Stageによる発達段階分けを工夫した。Stage分けの詳細については、別章で述べてあるので、この節では、以下に、ヒトの認知発達の概略を示し、Stage分けの理論に限って説明する。


《検討》
 ここでは、1943年以降、自閉症の「知的能力は障害されていないと考えられていた」が1960年代に入って、知能テストをはじめとする認知テストが可能になり、①自閉症が課題を拒否するのは情緒障害のためではなく、課題ができないためであること、②自閉症児の知能指数は安定しており、再現性は保たれていること、③IQは50以下が過半数を占め、正常範囲は10~20%であること、④自閉症児の認知発達は不均衡であり、特有(世界共通)のパターンをもっていることから、脳機能の共通の障害を表していること、⑤5~6歳 のときに総合的な知能テストで得られたIQは予後を予測する重要な因子であり、特定の高い能力は将来の適応とはあまり関係しないこと、が明らかになったと述べられている。
 要するに、自閉症児に心理学的テストを実施することが可能になり、その結果「認知発達の障害」があることがわかった、ということにすぎない。IQ50以下が過半数だったが正常範囲も10~20%存在する。著者らはIQ50以下に注目しているようだが、正常範囲についてはどのような見解をもっているのだろうか。すべての自閉症児・者に「認知障害」があるということでなければ、「自閉症では“自閉”という情緒障害のために、本来正常である認知能力が現れてこないとする仮定が崩れた」と断定することはできない、と私は思う。
 著者らは自閉症を以下のように定義している。(第1章・1「自閉症の定義と診断」)


・自閉症は、通常3歳くらいまでに起こってきて、3つの特徴的な症状で定義される障害である。①相互的社会交渉の質的障害、②言語と非言語性コミュニケーションの質的障害、③活動と興味の範囲の著しい限局性である。この3つの特徴的な必須症状は行動異常として現れるために、自閉症はそれらの行動で定義される行動的症候群である。
・この症状は、年齢により変化していく。ときには、対人関係の障害を表す自閉症状ですら、軽快することがある。このため、自閉症は発達障害とされている。


 3つの特徴的な症状の要因が「認知発達の障害」だと断定する根拠は何か。著者らの「心理学的テスト」が①相互的社会交渉、②言語と非言語性コミュニケーションを前提として行われることは言うまでもない。そこに「質的障害」があるとすれば、「本来正常である認知能力が現れてこない」のは当然である。知能テストをはじめとする心理検査は、特定の環境(場所、検査者)下において実施される限り、時間、空間、対人からの影響を受ける。その影響を考慮せずに、「心理学的テスト」の結果だけを見て判断することには肯けない。そもそも「心理学的テスト」は人為的なものに過ぎず、本質のすべてを明らかにはできないからである。
 まして「この症状は、年齢により変化していく。ときには、対人関係の障害を表す自閉症状ですら、軽快することがある」という見解に至っては無責任きわまる。自閉症児・者、家族たちが最も望んでいることは、まさにその「軽快する」という一点であり、どうすれば軽快(治癒)するのか、その方法を明らかにしてもらいたいはずである。《ときには》といった、偶然性に依存するのではなく《どんなときに軽快するのか》を明確に説明しなければならない。しかし、自閉症の要因が本人の「認知発達の障害」であると断定している限り、環境からの影響は度外視され続け、いつまでたっても無理な話であろう、と私は思う。
(2016.11.26)