梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「大腸カメラ検査」・3

 「大腸カメラ検査」の当日となった。私はほぼ20年前に、市立病院で大腸ポリープの切除手術を受けている。その時は、事前に(レントゲン検査で)ポリープが確認されていたので、内視鏡を挿入して3個のポリープが切除された。今回は「検査」なので、悪性腫瘍やポリープ、その他の疾患の有無を確かめ、もしポリープが見つかった場合は、その場で直ちに切除するということである。その時は、術後の安静が必要になるので入院を覚悟しなければならない。
 午前8時30分、駅前の病院に到着。受付を済ませると、看護師が控え室(入院病棟4人部屋の病室)に案内する。そこには(私を含めて)3人の受検者がいた。1人は40歳台と思われる男性、もう一人は50歳代の男性で80歳代の母親が付き添っていた。3人は下剤(マグコロールP、1.8リットル)とコップを手渡され、「10分間隔でコップ一杯をのみ、《体を動かしたり歩く→トイレへ行く》を繰り返してください。10時30分までに飲み終えるように。」と指示された。以後、下剤を飲みながら、病棟2階の廊下を5000歩以上歩き、ようやく10時30分までに全量を飲み終えた。排便のチェックもクリア、11時30分から検査着に着替えて点滴を受ける。検査の順番は、最初が40歳代の男性、2番目が私、最後が50歳代の男性ということになった。検査時間は、ケースによって異なるが、30分~1時間といわれている。13時30分、最初の男性が内視鏡室に向かった。やがて30分後、看護師が私を迎えに着た。14時、検査開始。検査医が「以前、胃カメラもやりましたよね」と言う。「ああ、あの上手なお医者さんだ」と私は安堵した。部屋の照明が暗くなり、「では始めます。左を向いて横になりましょう。両足は抱え込むように曲げてください。今日は大腸なのでお尻から入れます。痛いときは教えてください」。思わず力が入るが、できるだけ力まないように努める。内視鏡が肛門から入り、直腸、S字結腸まで行った頃、「ああ、憩室があります。ずいぶんありますね」と言いながら、ぐいぐいと奥に進んでいく。「ああ、ポリープがありましたよ。ウーン、あなたの大腸は厄介だ、腸がくっついているので、スムーズにはいかない」と言いながら、傍らの看護師に「もう一人、看護師さん、呼んできて」だと・・・。すぐに婦長もやって来る。その頃から痛みが増してきた。「イタッ、痛いです!」しかし、検査医は容赦なく内視鏡を押し込んでいく。「ハイ、狭いところなので我慢して・・・」。しかし、ツンツコ、ツンツコ、棒状のものでつつき回されたうえ、文字通り「はらわたを掻きむしられる」激痛が走った。「アイタタタ・・・」あとは、うめき声だけ。検査医も2人の看護師も無言。15分ほど経ったとき「ハイ。一番奥まで到達しました。これからあとは楽になりますよ」と言い「仰向けになってください。左脚を立てて、右脚を組むように」。通常なら、肛門から、直腸、S字結腸、下行結腸、横行結腸、上行結腸を通り盲腸まで5分程度で進むといわれているが、私の場合は3倍近くの時間がかかったようだ。仰向けになってから、痛みはやや減ったが、まだ執拗に続いている。次はポリープの切除に取りかかる。これは看護師との連携で行うようだが、これもまたスムーズにいかない。「どうしてこんな所にできるのか、うまくいかないものだ、やりにくい」と検査医は愚痴をこぼす。私はもう無事に終了すること(日帰り)を諦めた。「これでは出血はまぬがれられない。せめて休薬の効果で、血が止まることを願う他はない。入院は何日になるだろうか」などと痛みをこらえながら考える。病院の説明書には「ポリープの切除は、内視鏡で見ながら針金でしばり、高周波(20万Hz)を通して電気的に行いますが、胃粘膜そのものは電気の刺激による痛みを感じることはありませんので、麻酔などはおこなわずに治療を受けることができます」とあり、内視鏡の先端にあるスネアーがポリープを挟み込んで切り取る様子が図示されている。看護師が「あっ、外れた。もう1回」、・・・「柔らかいから・・・」などと言っている。しばらく同じことを繰り返しているようだったが、やがて検査医は、「ハイ。今度は右を向いて横になりましょう」。痛みはまだ続いていたが、5~6分たった頃、内視鏡を抜き出して部屋の電気を明るくした。「やれやれ、やっと終わったか。」と思っていると、看護師が「終わりました。起き上がってズボンをはいてください。靴もね」。ありがたい、絶対安静ではなかった。検査医はデスクの前で撮影した画像を確認している。「検査の結果、癌はありませんでした。大腸ポリープと大腸憩室症を確認しました。ポリープは切除しましたが、切り取った部分が見当たらなくなりました。探しましたが時間がかかるので中止しました。だいじょうぶだと思います。」
  術後に渡された「大腸疾患説明書」を見ると、《大腸ポリープ 大きくなるとガン化する可能性が高い。たいていのポリープは大腸ファイバースコープで取ることが出来る》、《大腸憩室症 大腸の収縮が強まり、そのため弱い部分に袋が出来たもの。多発する場合が多い。盲腸~上行結腸、S字結腸に出来やすい。症状としては大腸過敏症に似る》と記されており、「ポリープは大腸ファイバースコープで取る」「多発 上行結腸、S字結腸」という部分に赤線が引かれていた。
 要するに、今回の結果は、①癌はない、②ポリープを切除した、③大腸憩室症がある、ということである。検査医からは2泊3日の入院が必要だと言い渡された。控え室はそのまま入院病室となった。検査時間は14時から15時までの1時間(通常より30分延長)、部屋に戻ると、50歳代の男性に付き添っていた80歳代の母親が待っていたので、「入院になってしまいました。ポリープの切除に手間取り、お待たせしてすみませんでした」と謝った。「でも、癌ではなくてよかったですね」「ハイ、ありがとうございます」「息子も下痢が続くので検査に来たんです。何でも無ければいいんですが」「それは御心配ですね」などと語り合ううちに、30分後、母親は検査室に呼ばれ、まもなく2人が晴れ晴れとした表情で戻ってきた。「よかった、よかった。何でも無かった」。帰り支度が終わると、母親曰く「あちらの方はポリープを取ったので入院ですって。御挨拶して帰りましょう。」息子が顔を出し「どうぞお大事に、失礼します」。私も「よかったですね。お気をつけて。ありがとうございました」。かくて、私は四人部屋に一人で入院、3日間を過ごすことになった。 (2019.10.4)