梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・43

《第9章 Bくんの場合》(荻野俊子)
1.入園時のようす・・・固執傾向と独占欲
・4歳2カ月月の時、初めて来室した。母親と一緒だったせいか不安も抱かず、いろいろな遊具に興味を示した。興味の対象は次々と移っていく。
・4歳3カ月から通園開始。朝、帰りの会、給食の時など皆と一緒にいることはほとんどなく、だれもいない部屋や廊下などで好きな本を見たり、おもちゃで遊んでいることが多かった。そこへ他児が行き、彼が組み立てた汽車のレール、遊園地をこわしたりすると 泣いていやがり母親に訴える、かんしゃくをおこしてしまうとなかなか泣きやまないという行動がよく見られた。母親がほとんど一緒についているが、母親を残して部屋から出て行ってしまうことも多く、母親や職員が探しに行くことがよくあった。トランポリンが好きで、登園するとすぐに乗りに行く。おりてもピョンピョンはねていることが多かった。抱かれての振り回しやくすぐりも好きで、ニコニコと喜んで何度も要求してくるなどの行動がみられた。テレビのCMや子ども番組が大好きだが、音楽の好き嫌いが激しく、嫌いな曲は消してしまう。職員が他児のために歌っていると口をふさぎにきたり、逃げ出すようすがみられた。リトミックも好きな曲だと参加するが、嫌いな曲だと逃げ出してしまう。
・児童相談所の判定では、了解性はあるが現状では中度に近い軽度の遅滞とあった。言語は数十語の単語もできており、模倣意欲も旺盛である。接触性はよく、友だちやその遊びに関心は示すが、性格的に固執性があり、独占欲が強いためひとりになってしまうことが多い。行動は落ち着きに欠けるがまとまりができており、特に身体的な遊びを好むと記されていた。親の主訴は、ことばの遅れと集団の場に入れないということであった。
◆生育歴
・家族は父(38歳)、母(32歳)、小学校2年生の姉との4人家族。母は育児に専念している。
・出生時の母親の年齢は27歳。在胎は10カ月、妊娠期間中は何の問題もなく、病院で出産、正常分娩。体重3550㌘。人工栄養。ひきつけなし。6カ月の時発熱したが、他には病気をしたことがない。
・這い始め7カ月、つたい歩き1歳3カ月、始歩1歳4カ月。食事は3歳6カ月でほとんど自立したが偏食は激しく、現在も続いている。排尿便の予告1歳6カ月、自立は2歳6カ月。4歳の時、夜、失敗してからおむつをはずすのをいやがり、無理にはずすと怒り出すことがあった。
・ことばは、2歳11カ月頃「ヤー、ヤー」「マンマ-」が出始めた。3歳頃、テレビのCMが流れると遠くからでも飛んで見に来た。すもうのまねをして「のこった、のこった」と言うと前に進んだりした。「くつしたをはこう」「すわりなさい」などの簡単な指示がわかり、TVやおとなのまねをすることが多くなる。自分のほしい物があると手をひいてつれていく。
・3歳4カ月ころ、水ぼうそうをしてから洋服を着るのをいやがり家では裸でいることが多かった。
・3歳7カ月頃から、テレビの「英会話講座」「数学講座」を毎日見るようになり、「A、B、C」と指差しして口まねをする。この頃、歌もメロディーを覚え、不明瞭ながら歌うようになる。高い所から飛び降りることがひんぱんになった。
・4歳頃になると片言が30語位に増える。指差しもするようになり、「あけて」「おいで」などと、ことばで要求するようになって来た。
◆相談歴
・1歳6カ月、C国立病院。わからないので、ようすををみるように言われる。
・2歳11カ月~4歳1カ月、保健所で週1回の通所指導。
・3歳10カ月、Q言語治療教室の3回通う。
・4歳、児童相談所で発達検査(「遠城寺式乳幼児分析的発達検査)
 移動運動(DQ79) 手の運動(DQ47) 基本的習慣(DQ53) 対人関係(DQ53) 発語(DQ41) 言語理解(DQ41)
◆発達評価
・対人関係:母親の後をしきりに追いちょっとの間も離れるのを嫌がる(9~10カ月)・全身運動:ころばずに走る(21~24カ月) 
・手の運動:ビーズにひもを通す、はさみで紙を切る、ボタンをはめはずす(36~42カ月)
・言語表現:20語~100語程度話す(21カ月)
・言語理解:200~400語と三語文を理解する(24カ月)
・視覚機能:文字合わせができ、10字以上文字を読む(72カ月)
◆母子関係(A:母子関係が育っていない B:母子関係が育ちつつある)
A:見知らぬ場所でも手を放すとどこかに行ってしまう。
A:痛いとき、こわい思いをしたような時でもあまりなかない。逆に一人泣きして、なぐさめてもなかなか泣きやまない。
A:表情に乏しく、泣き声や笑い声も固い。
A:他の子どもといっしょに遊ぼうとしない。
B:母親にべたべたまつわり付く。母親のすぐそばにいたがる。
B:母親がいなくなると必死に探し回り、再び顔をみると安心する。
B:母親と視線がよく合い、呼ばれると振り向く。
B:母親の動作や発声をまねる。やさしい芸をする。
◆感覚診断
◎平衡感覚は鈍い(ハンモック、トランポリン、振り回しも好き。海も好き)
◎皮膚感覚は鈍い(ブラシは自分から手や足にやる。ボールをぶつけられるのを喜ぶ。くすぐっても身体の方の反応あまりなし)
◎味覚は鋭い(野菜のみじん切りをよりわける)
◎聴覚は鋭い(ラジオが聞こえてくると、耳をふさいでウーウーという。いやな音楽の時耳をふさぐかにげだしてしまう)
*着替えをいやがるといった皮膚感覚の鋭さも窺えるが、固執癖によるものとも考えられる。まだ断定はできない。


2.指導方針・・・喜ぶ刺激を与える
・発達評価表を見ると、対人関係を除く5領域にはさほどの遅れは認められず、視覚機能は年齢以上の発達を示している。対人関係は10カ月程度の段階と思われる。母親との愛着関係は育ちつつある段階で十分とはいえない。そこで、まず母子関係の十分な成立をねらうことにした。(母子通園)
・多動傾向がみられるので、感覚障害に対するアプローチが必要となる。感覚診断表に基づき、平衡感覚、皮膚感覚、聴覚に刺激を与えることにする。
◆平衡感覚:トランポリン、振り回し、ハンモック
◆皮膚感覚:ブラッシング、ギュッと抱きしめる、くすぐり *着替えをいやがる要因を探る。
◆聴覚:リトミック、朝・帰りの会は無理強いせずに慣れさせる。音楽の好き嫌いが、メロディー、楽器、電気音(レコード・テープなど)のいずれによるものかを探る。
◆その他:物を並べる順序、壁のポスターの位置などに「規律」があり、それが合わないと不安症状が出やすいので、職員との関係が成立してから徐々に取り除いていく。
*他の面については特別なアプローチはせずに、それぞれの発達段階に適した活動のなかで彼の好きな遊びをさせる。


3.経過・・・うすれてきた固執癖
・5月末になっても皆と一緒にいることが少なく、給食も誰もいない部屋で、ごはんだけしか食べなかった。ブラッシングはかなり強くしても「イマイ」(イタイ)といいながら寄ってくる。背中、おしりを掻くように要求した。シリコンを「ネンド、ネンド」といいながらちぎったり伸ばしたりした。(触覚刺激を求めているような行動)手足へのブラッシングを毎日行った。トランポリンは母親や職員にだっこ、おんぶされて毎日行った。ハンモックも職員が持つと飛んで来て乗った。聴覚について何がいやなのか調べたが、部屋あの中をのぞいただけで拒否し、リトミックの途中で逃げ出した。好きな“ロンドン橋落ちた”“眠れ”の時は戻って来て参加した。
・6月になると、帰りのバスに自分だけ先に乗り、母親に「バイバイ」と降りるように言うが、母親が見えなくなると泣いて後を追うことが1週間続いた。ブラッシングをいやがったのでしばらく中止した。着替えはおふろごっこをして、脱いだ洋服で体中をこすってから着替えさせると着替えるので、しばらくそれを続けた。砂文字板が気に入り、指でなじったり、母親や職員に読ませ、自分でも言うなど、かたときも放さなかった。家でもスパゲッティでひらがなを作ったそうである。6月末ごろからまたブラッシングをさせるようになり、やらせる範囲も拡がった。着替えもするようになった。トランポリンに乗り、からだごとぶつかってきて、だっこされて飛ぶなどの行動も見られた。指人形を母親や他児に配り一緒にやるよう要求するなど、対人関係の伸びを示す行動もみられた。母親をトレまで追いかけて返事をさせる、べたべたと甘える愛着行動も多くなった。視覚機能や手先の活動では、玉さし盤の玉を3つずつの色別ブロックに分けて並べる、ウッドビーズを1人で熱心に通すなどの活動も見られてきた。
・7月後半になると、プール遊びが始まった。水の中をピョンピョンはねたり、ゆらゆら水の動きを楽しんでいた。この頃から、給食がいすに座って待てるようになる。マッチ、積木を使って英語を作ったり、読ませたりする。砂文字では“は”がないので“なひふへほ”と並べるという固執癖が薄らいでくる傾向がみられるようになってきた。
・8月は姉が夏休みで家にいるため休むことが多かった。
・9月の第一週は登園をいやがり、登園してもよく泣くという不安定な日が続いた。スムーズに家を出られるようになると、休み中テレビを見てまねをするようになった手品を園でもするようになった。(箱の中にぬいぐるみを入れ布をかぶせ、「ワン・ツー・スリー」といって布を取る)ピンクレディーや「キャンディ・キャンディー」のレコードが聞こえると「イヤー」と言いながら耳をふさぐが、ひとりでいる時その歌をうたっていた。ブラシよりはバイブレーターを足の底にあててもらいたがるようになった。くすぐりも感じたようで身をよじるようになった。母親に抱かれたがったり、離れるとすぐに追いかけることがめだってきた。9月半ば頃から、自分で洋服を着るようになった。家では姉や姉の友だちとも遊ぶようになった。ことばでは「カルピス・チヨーダイ」などと二語文で要求するようになった。リトミックもほとんど参加するようになった。母親が食事で別の部屋にいっていても遊んで待っていられるようになった。
・10月になると、クレヨンを見つけてはなぐりがきをする。「クイズダービー」遊びを職員にやらせ「答は?」と職員に聞かれわからないと「シュクダイ!」などと、その場にあった会話ができるようになってきた。食事場面でも料理番組のことばにつられて揚げ物を食べることがあった。10月末の遊園地遠足では、音楽が鳴り出したとたんにいやな顔をしたが、メルヘンランドの電車には2,3度と続けて乗った。平衡感覚を刺激するパールスレー(上下運動を伴う回転)や音楽の鳴らないゴーカートなどは喜んでいた。
・11月に入って突然登園拒否があった。前日、母親がいつもの部屋にいなかったので、不安になり泣き騒いで探したことが原因だと思われる。固執癖があるので、週明けの月曜日、職員が迎えに行きいやがらずに登園することができた。今までは夜、1人で寝ていたがこの頃は母親か父親が添い寝をしているとのことである。


4.現在のようす・・・言語表現が活発に
・トランポリン、ハンモックは毎日自分からするので、ギュッと抱きしめての振り回しを行っている。(皮膚感覚を含んだ平衡感覚刺激)
・最近は、通園バスの中で流れるテープの曲も、気に入った曲だとすぐ覚えて歌っていることが多い。
・他児への働きかけが増え、「オイデ、オイデ」などと呼ぶようになる。ごっこ遊びも増え、創造的な遊びへと発展しつつある。
・言語表現もますます活発になり、絵本をひろげ、ひろいよみをするようになった。
・母子関係も母親が一緒に食事をしていることから安心したのか、時には1人で部屋から飛びだし遊びに行くことも多くなってきた。


5.考察・・・感覚刺激が状態を好転
・入園後7カ月たった今、それなりの変化が出ているが、もう少し顕著な改善が見られてもよかったと思う。それは何なのかを考えてみたい。
①彼の鋭すぎる聴覚に対するアプローチは適切ではなかったのではないか。
・音楽の好みについても、それが何によるものなのか未だ不明確である。
②彼のもつ固執癖へのアプローチにも問題がある。
・彼の不安症状について、もっと注意深く考えていかなくてはいけなかったのではないだろうか。不安状態がによって固執癖が強化されてしまった。
 彼の状態に好転をもたらせてくれた要因として、平衡感覚と皮膚感覚への刺激がある。母子関係は以前に比べてはるかによく育った。一番身近な、一番大切な人から与えられる“快”に刺激が愛着行動となって現れた。それによって言語などへの波及効果もみられたのであろう。彼にとって“快”の活動が、いやなことより優位であったならば、いやなことも多少目をつぶって“快”の活動へとひきつけられたであろう。優位にたつには“快”の刺激が量といい質といい彼の感覚の障害にとって最も適切でなければならない。適切な刺激が与えられて初めて感覚がめざめ、改善されてゆくのだろう。この点を踏まえて、これからの彼へのアプローチを続けてゆきたい。


【感想】
・この報告では、7カ月の指導後、Bくんにどのような変化が見られたかについて「発達評価」「母子関係評価」「感覚診断」の結果について言及されていない。そこで、資料を見ながら私なりに整理すると以下の通りである。
◆「発達評価」
◎対人関係:9~10カ月→15~18カ月(父母よりも姉に遊んでもらうのを喜ぶ。
◎全身運動:21~24カ月→変化なし(ころばずに走る)
◎手の運動:36~42カ月→変化なし(ビーズに紐をとおす、はさみで紙を切る、ボタンをはめはずす
◎言語表現:21カ月→24カ月(二語文で話す)
◎言語理解:21~24カ月→36~42カ月(多語文を理解する)
◎視覚機能:72~78カ月→変化なし(文字合わせができ10字以上文字を読む)
◆「母子関係評価」(A:育っていない B:育ちつつある C:かなり育っている)
A:見知らぬ場所でも、手を放すとどこかに行ってしまう。
B:母が見えなくなると必死に探し回り、再び顔を見ると安心する。
B:母親がそばにいれば、他の子どもと遊ぶのを喜ぶ。
C:母親以外の家族にもよくなついている。
C:痛い時、こわい思いをした時など母親に甘え泣きする。
C:うそ泣き甘え泣きをする、ほめられると同じ動作を何度も繰り返すなど、感情がさらに分化する。
C:母親以外の家族とも視線がよく合い、呼ばれると振り向く。
C:母親や他の家族のことばやしぐさをしきりにまねる。
◆「感覚診断」
◎平衡感覚鈍い:変化なし
◎皮膚感覚鋭い:変化なし(着替えはいやがらなくなったが、洗髪をいやがる)
◎皮膚感覚鈍い;くすぐり喜ぶ、ギュッと抱くと喜ぶ、つねると喜ぶ、足の裏をたたかれるのを喜ぶ、バイブレーターを喜ぶ、水遊び好き
◎味覚鋭い:変化なし(偏食あり)
◎聴覚鋭い:変化なし(耳をふさぐ)
◎視覚鋭い:きちんと文字積木を並べる、色板をきちんと並べる、好きな文字が漢字でかいてあると必ず漢字でかかせる。コマーシャル、クイズ番組が好き。


・著者は「考察」で ①彼の鋭すぎる聴覚に対するアプローチは適切ではなかったのではないか、②彼のもつ固執癖へのアプローチにも問題がある、と反省しているが、何よりも「母子関係」がかなりの勢いで育ったことが大きな成果だと私は思う。そのことによって、親の主訴であった「ことばの遅れ」「集団に入れない」という問題も改善されつつあることは確かである。多語文を理解し、二語文で話す、母親が近くにいれば他の子どもと遊べるようになったことがその証しである。指導開始前から、母子の愛着関係は「育ちつつあった」のだから、『幼児教室』での療育がその芽を伸ばしたことは間違いないが、どの取り組みが有益・有効であったか、についてはこの報告だけでは判然としなかった。
・たしかに「発達評価」「母子関係評価」「感覚診断」の結果を見比べると、「感覚診断」には大きな変化は見られない。著者が言う「固執癖」は、やはり視覚過敏や聴覚過敏によってもたらされているのではないか、したがって、視覚、聴覚の感覚を正常に近づけるにはどうすればよいか、ということが今後の課題であることがよくわかった。
(2016.5.16)