梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

『「自閉」をひらく 母子関係の発達障害と感覚統合訓練』(つくも幼児教室編・風媒社・1980年)精読・42

《第3部 実践》
《第8章 Aくんの場合》(石田遊子)
1,入園期のようす・・・無反応な対人関係
・3歳4カ月の時、家庭訪問して対面した。Aくんは私たちには全く無関心、ソファーに
よじ登ったり、まわりを歩き回ったり、「リーダーズ・ダイジェスト」の本をめくったりしていた。母親が抱いても、嫌がってすぐ腕の中からすり抜けてしまい、どこかへ行ってしまった。母親が呼んでも姿を見せなくなってしまった。2時間くらい滞在中、ほとんどAくんの声は聞かれなかった。
・通園後、全員が集まる場に一緒にいることがほとんどなく、しじゅう歩き回っている。抱いたり、くすぐったりすると、いやがって逃げてしまう。
・児童相談所の判定は、「言語発達遅滞、多動・自閉傾向あり、精神発達段階は現状では軽度遅滞域」であった。「潜在的な能力はありそうだが落ち着きがなく、身体接触をいやがり対人関係不良、全般に過保護気味」と記述されている。
・両親は共稼ぎのため、ふだんは祖母が育児にあたっている。親の主な訴えは、ひらがなは濁音以外は半分以上読めるのに言葉が出ない、また両親に対してあまり反応がない、とのことだった。
◆生育歴
・父(34歳)、母(28歳)、祖父(69歳)、祖母(59歳)、妹(1カ月)、本児の6人家族。入園時、母親は妊娠3カ月であった。
・在胎10カ月、特に問題はない。出生時、母親は24歳。病院で正常分娩。2700㌘。黄疸も軽く1日ぐらい。人工栄養。乳児期の身体発達は順調、ひきつけはなく、病気もしなかった。這い始め3カ月、始歩1歳。抱く人が母親から他の人に変わっても泣かなかった。指しゃぶりが頻繁にならなかった。3歳からスプーンを使用できるようになったが、ほとんどおとなが食べさせている。好き嫌いが多い。排泄は3歳過ぎから、パンツを下ろしてやればひとりでできるようになった。生後8カ月ころから「ウン」といって大便を教えた。
・母親がいなくても泣いたり探したりせず、人混みに出ても親の手をしっかり握っていることがないので、手を離せばどこかへ行ってしまう。母親が見つけて出会っても平気な顔をしていた。呼んでも振り向かないので、耳が聞こえないのではないかと心配したことがある。洗髪、散髪など頭に触られることを嫌う。以前いくつか言えていたことばを言わなくなった。うつ伏せになって寝る。トイレを嫌い外で用を足すことが多い。
◆相談歴
・2歳8カ月から6か月間、保健所で週1回の通所指導(プレイセラピー)を受ける。
・3歳2カ月、脳波検査。異常なし。児童相談所で発達検査「遠城寺式乳幼児分析的発達検査」、移動運動DQ91 手の運動DQ67+α 基本的習慣DQ67 対人関係DQ28 発語DQ51 言語理解DQ30+α
◆発達評価(独自の発達評価表)
・対人関係:周囲の人に対する反応は見られない 全身運動:ころばずに走る 手の運動:積木を2個積み重ねることができる 言語表現:10~20語話す 言語理解:50~60語理解する、二語文を理解する 視覚機能:文字あわせができ、10字以上文字を読む
◆母子関係(○が該当、?は不明)
・母親にあまり寄りつかず触られるのを避けようとする。母親と他人との区別がなく誰にでも寄っていく。(○)
・母親が見えなくなっても平気で探さない。(○)
・見知らぬ場所でも、手を放すとどこかに行ってしまう。(○)
・痛い時、こわい思いをしたような時でもあまり泣かない。逆に一人泣きして、慰めてもなかなか泣きやまない。(?)
・表情に乏しく、泣き声や笑い声も固い。(○)
・母親と視線が合わず、呼ばれても振り向かない。(○)
・母親の動作や発声をまねしようとしない。(?)
・他の子どもといっしょに遊ぼうとしない。(○)
◆感覚診断
◎平衡感覚は鈍い(・たかい所から飛び降りるのが好き ・振り回すのを喜ぶ ・ハンモックを喜ぶ ・「タカイタカイ」好き ・トランポリン一人で跳ぶ ・オートバイ、自転車に乗るのを好む ・シーソー、グローブジャングルに乗る
◎皮膚感覚:触覚は鋭い(・洗髪散髪を嫌う ・抱かれるのが嫌い ・固いブラシが嫌い ・柔らかいものの手ざわりを楽しむ)
◎皮膚感覚:くすぐり感覚は鈍い(腹から胸にかけてくすぐると身体をよじらせて喜ぶ)
◎皮膚感覚:振動覚は鈍い(・バイブレーターに自分から手を出してくる ・スピーカーに手を当てる)
◎嗅覚は鋭い(・偏食あり ・肉、缶詰のミカン好き ・野菜きらい(味の付いていないレタス好き ・ドレッシング、甘夏ミカンなど酸っぱい味をきらう
◎聴覚は鋭い(・みんなと一緒の部屋にいられない、すぐに出て行ってしまう)
◎視覚は鋭い(・文字積木に執着 ・数字が好き ・シャボン玉をやるのを喜ぶ)
・以上は、暫定的な診断である。
2.指導方針・・・母親との接触を
①母子関係を育てる
・母親には『ことばを育てる』(田口恒夫著)を読んでもらう。
②平衡感覚と皮膚感覚に焦点をあてて刺激を与えることにする。
・身体接触を嫌がらないようにする。 
・平衡感覚については特にふり回しを主として行う。
・高い所からの飛び降りやトランポリンは本人の自発的行動に任せて、ようすを見る。
・くすぐりを採りいれる。
*以上を家庭でもやってもらい、父親、母親との接触をふやす。
③全体的には、禁止・強制を避け、母親や職員との関係を成立し易いようにする。
・集団の場への参加、給食は無理強いせず、トイレでの排泄を自立させることに重点をおく。
3.経過・・・はっきりしてきた感情表現
◆4月~5月
・当初はくすぐるのを嫌がって逃げようとしていたが、1週間ほどでそれがなくなり、「イモヤのオジサン」を歌うと、表情は変えないが、くすぐられるのを期待しているようすがみられるようになった。抱きしめられることは嫌がっていた。「タカイタカイ」などの上下運動やふり回しをすると喜ぶので、毎日必ず行った。
・ぬいぐるみを抱きしめる、カーペットやアスファルトの手ざわりを楽しむ、クローバーの葉をちぎって手でもむ、など触覚刺激を求める行動が観察された。(ブラッシングは拒否された)
・1カ月後、シリコンを持たせると手でひっぱる、ステレオのスピーカーに手を当てて振動を楽しむ触覚刺激や、水や米をこぼして眺める、シャボン玉を飛ばすと好んでそれを見るといった視覚刺激に結びつく遊びをするようになった。トランポリンや高い所から飛び降りるのを好み、「イチ・ニ・サン」と声をかけると、何度もくり返しやった。
・5月から単独通園に切りかえた。家庭では、母親が帰宅すると嬉しそうにする、ときどき母親にぶら下がる、顔をみて自分の行動をほめてもらいたがるといった甘えが出てきているという報告があった。5月の終わり頃には、母親を自分の寝床に連れて行ってねるという行動も出てきた。
・集団の場にはいたがらなかったが、表情がやわらかくなり、その時の気分が誰にでも判断できるようになってきた。小さいつぶやき声も聞かれるようになった。そのうち、「パ・ン」「ゴ・ハ・ン」「カ・レー」「リ・ン・ゴ」と一音ずつ区切って単語を言うようになった。
・5月の終わりごろには、始めて「バッチャン」と祖母への呼びかけらしき言葉が出た。数字に興味をもち、車のナンバーを読んでもらいたがった。文字積木と砂文字板に執着し、絶えずそれを持ち歩き、他の遊具には関心を示さなかった。
・排泄は、わりあいに早く自立できたが、大便はまだトイレではできなかった。
◆6月~8月
・6月になると、ふり回しやパフでこする刺激を自分から要求してくるようになった。バイブレーターも大変気に入って、自分から職員の手をとって取りに行き、スイッチを入れて手に当てるようになった。ブラッシングは、固い浴用ブラシでも、強くこすらなければ嫌がらなくなった。7月8月には、ブラシを見せるだけで足を出してくるようになった。
・7月、洗髪を嫌がらなくなったという報告があった。プールは大好きで、入りっ放しの状態だった。海岸に連れて行くと、砂浜を走り回ったり転がったりした。
・対人関係で大きな変化が見られた。全員がそろう場面でも、ニコニコして同じ部屋にいる。リトミックの場面では、好きな曲を聞きつけて飛んで来たり、皆の様子をニコニコして見ていたり、7月になると『ねむれ』のときだけは自分も寝転んでみたり、『クマ』のとき床を這うなど、ときたま参加できるようになった。8月の終わりには、送迎バスの乗車時に、家族や職員にバイバイをするようになった。表情がよくなり、両親が情緒不安ではないかと心配するほど、笑う・泣くの変化が明確になってきた。
・家庭からは、朝母親が出勤するときに泣きベソをかいて引っ張ったり、父母が帰宅すると飛んでいって抱かれたり、休日には母親にべったりくっついて離れないなどの報告があった。
・7月の母親面接の際、母親が午後園に来ると、姿を見かけたとたん「ママー」と言って飛んで行き、母親の手をしっかり握って離さなかった。
・遊びの面でも変化があった。ままごとやミシンかけなど模倣あそびをよくやるようになり、絵本や食べもののおもちゃなどで「アイスクリームちょうだい」と声をかけると、職員の口に入れてくれる真似をしたり、ハンカチや自分の着ている服の裾をミシンにはさんで針を上下させたりする。文字積木への執着はほとんどめだたなくなった。
・ふだんの声がききやすくなり、ときには大声で叫んだりするようにもなった。単語をつなげて発音するようになり、語彙も増えてきた。「カマボコチョーダイナー」「オウチイクー」などの2語文も出始め、ドアを開けて欲しいときに「アケテ」と言ったり、祖母を呼ぶのに身体に触れて「バッチャン」と言うようになった。
・9月になると、砂文字板で『え』『ほ』『ん』と並べて「エホン」と言うなど、視覚機能の面にも進歩が見られた。
・夏休み明けの初日には、バス停まで送りに来た母親と離れるのを嫌がり、強引に引き離すと大声で泣きわめき、座席を立ってなんとか降りようとし、抑える職員に抵抗して暴れるという、感激的なことが起こった。
◆9月~10月
・ハンモックを主として平衡感覚を与えた。トランポリンは毎日一度は乗っていた。ブラシやバイブレーターは、特に固執することもないので、他の遊びの方が毎日の活動の主体となった。ままごと、遊園地セット、食べ物の模型セット、人形などの遊具を使って遊んだ。クレヨン、サインペンなどでなぐりがきをするようになった。家では、テレビのCMを見ると、即座に同じ行動をするということだった。
・10月になると、文字積木の『は』と『ほ』を見比べる、並べて読むなど、目的をもって遊んでいた。屋外での活動が増え、すべり台やブランコには毎日必ず乗る。他児と遊具の取り合いになっても、譲らずにがんばるようになった。
・母親は10月から産休に入ったので、母子関係は順調である。父親の足音、玄関の開く音を聞きつけるとドアの前に立って待ち構えるなど、両親を強く意識しているようすがうかがわれるようになった。
・リトミックの『ロンドン橋』には喜んで参加する。朝の会では、皆と同じ部屋に座っていられる。給食は、じっと座って食べてはいられないが、皆と一緒のテーブルに自分のお盆を置いておき、遊び回っては食べに来るといった状態である。
4.現在のようす・・・言葉がふえ、家族を意識
・平衡感覚については、かなり強い刺激を求めるようになってきている。(大人用トランポリン、毛布によるハンモック、職員の肩に乗せてから逆さにぶら下げる、フロアーカーに乗せてぐるぐる回す、「タカイタカイ」など~
・親子遠足で遊園地に行き、すべての乗り物に繰り返し乗った。(ジェットコースターには何度でも乗りたがった)
・近所の公園に一人で行ってしまう。(グローブジャングル、シーソーに乗る)
・自転車に乗せてもらうのを喜ぶ。職員がオートバイに乗せたところ大変気に入り、他児が乗せてもらっているようすを見て大騒ぎする。大声を出して泣きわめき、要求が満たされると表情が大変よくなる。
・家庭では、母親にべったりくっつく他、父親や祖父にも甘えることが増えてきた。
・皮膚感覚に関する活動では、パフやブラシによる刺激にはまったく関心を示さなくなった。しかし、やたらに人に抱いてもらいたがっている。4月当初に比べて大きな変化である。
・10月以降、模倣遊びの種類が急激に増えている。妹が生まれてからは哺乳びんを使いたがったり、ベビーベッドで寝たがったりしている。
・言語面では、3語文も出始め、場面に適した言葉が増えている。文字を続けて読むことも覚え、ひらがなで書いてある店の看板をよく読んでいる。
◆発達評価
・対人関係では、両親との関係がつき、他の家族への甘えも出ているが十分とはいえない。
(0歳レベル→1歳レベル)
・全身運動(2歳レベル→3歳レベル)
・手の運動(1歳6月レベル→3歳レベル)
・言語表現(1歳6月レベル→2歳レベル)
・言語理解(1歳6月レベル→2歳レベル)
・視覚機能(6歳レベル→6歳レベル)
◆母子関係
・全般的には、やっと母子関係が育ちつつある状態といえるだろう。「表情が豊かで、元気な声で泣き、笑う」「痛い時、こわい思いをした時など母親に泣いて訴える」ことができるようになった。家族の者の甘えることが出てきているが、母子関係が十分に育った上での対象の拡がりとは思えない。テレビのCMなどのまねはよくするが、母親のことばや動作をまねることはあまりない。
◆感覚診断
◎平衡感覚は鈍い(・トランポリン一人で跳ぶ ・オートバイ、自転車に乗るのを好む
・シーソー、グローブジャングルに乗る~
◎皮膚感覚:触覚(・抱かれるのを嫌がっていたが、しきりに抱かれたがる ・固いブラシをきらっていたが弱くこするなら平気)
◎皮膚感覚:振動覚(・バイブレーター手首肩をやると喜ぶ)
◎皮膚感覚:水中覚(・水遊び大好き)
◎嗅覚は鋭い(・偏食あり)
◎聴覚は鋭い(・みんなと同じ部屋にいられる ・歌ピンクレディが好き)
◎視覚は鋭い(・文字積木に執着していたが、今はそれほどでもない)
5.考察・・・めざましい成長ぶりのわけ
・入園して8カ月、母親への愛着(甘え)が育ち、それ以外の家族の者にまでその範囲が拡がってきた。何がこれだけの変化をもたらしたのだろうか。
①母親との接触の量
 両親との接触時間を増やそうと、家族全員が意識した。夏休み、産休と母親が家にいる時間が多くとれた。
②その接触の質
 これまでは、祖母のてまえ、禁止が非常に多かった。自分になついていない子どもにどうぶつかっていけばよいかわからない、というのが実情だったのではないだろうか。子どもと一緒に遊ぶ、母親とは自分にとって楽しさを与えてくれるもの、やさしいもの、頼れるものという印象をAくんに与えるチャンスがなくなっていく、その点を意識して取り組むようになったのではないだろうか。家庭での遊びを紹介したり、Aくんが興味をもって取り組んでいる活動や、園でのようすを知らせたりすることで、何をやって遊んであげたらよいかということが段々に見えてきたのではないかと考えられる。
 母親が次子の出産をすることになったので、何度か両親と面接して、「せっかく芽生えた母親への感情が、下の子に母親の手がとられることによって、つまれてしまう」ことのないように話し合った。しかし幸いにも、下の子どもを出産して以来、母親は大きく変わったのである。物静かで、Aくんにほとんど話しかけることがなかったが、最近ではAくんの発音するとおりことばを繰り返し言ってやったり、高い所から母親の肩にぶら下がると声を出して騒いでみたり、明るくなったという印象を受けた。母親は無事に出産を終えたことで、不安がなくなり自信がもてるようになったのではないだろうか。Aくんに対する態度に余裕と母親らしさが出たのではないかと考えられる。
 感覚刺激がAくんの大きな変化にどう結びついたかを判断するのは、ひじょうにむずかしい。少しずつ正常な感覚に近づきつつあり、それに伴って、集団の場への参加や言語面も大きく変わってきている。感覚刺激を与えるために母親や父親との接触、職員との接触が必要であり、そういう親子でできる活動を紹介できたことが、大きな効果だといえるだろう。Aくんの場合、入園当初から相当の能力をもっていることが想定されたので、母子関係の充実に伴って今まで隠れていた能力が発揮され、大きな変化となって映るのだろうが、感覚を主体にして働きかけたことがその能力発揮にひと役かっているに違いないと確信している。感覚障害改善のための働きかけが、Aくんの場合は母子関係を育てることになるからである。
 Aくんの変化が、感覚刺激によるものか、母子関係が育ちつつあることによるものかは「未だ感覚が正常に働いているとはいえない」ので、母子関係が育ってきたことによるものだろうと考える。
 今後は、感覚刺激を与える量の問題が残されている。園という限られた条件の中なので、十分な量を与えたとはいえない。不足分を家庭で補ってもらいたいが、そのためにも、めやすとなる量をはっきりさせる必要があるだろう。こうした点に留意して感覚刺激を軸にアプローチしていきたいと思っている。


【感想】
・当初「言語発達遅滞、多動・自閉傾向あり、精神発達段階は現状では軽度遅滞域」と診断された3歳児のAくんが、8か月間の「感覚統合訓練」を受けた結果、対人関係、全身運動ではほぼ12カ月、手の運動ではほぼ18カ月、言語表現、言語理解ではほぼ6カ月の伸びを見せ、全体的にはほぼ3歳レベルまで成長したことがわかる。Aくんの視覚機能はもともと優れており、3歳後半では「平仮名」で「単語」を音読できるという年齢並み以上の能力を示している。
・「感覚統合訓練」では、視覚、聴覚よりも、平衡感覚、皮膚感覚を重視する。そのことで「対人関係」が改善されるとすれば、「自閉症」という問題を解決するためにきわめて有効な方法ではないか、と私は思った。
・当初は、人に対しては無反応、抱かれることを極端に嫌っていたAくんが、8か月後には表情豊かに「抱かれたがる」ようになった。大きな声で泣き、笑い、自分を主張するようになった。素晴らしい変化でありめざましい成長である。ともすれば「みんなと同じことが同じようにできること」「他人に迷惑をかけないこと」「自分のことは自分ですること」が好ましいとされる世の中だが、それは子どもの発達という視点を欠いた、おとなの側からの一方的な基準に過ぎない。著者は、指導開始4か月後の8月末に「表情がとてもよくなり、くすぐったりすると笑い声を出し、身をよじって喜ぶ。感情表現がひじょうにはっきりして、両親が情緒不安ではないかと心配したほど、笑う・泣くの変化が明確になってきた」と記している。多くの場合(あるいは現代では)、このような「変化」をあまり歓迎しないという風潮があるのではないだろうか。Aくんの変化を見て、両親は「情緒不安ではないか」と心配した。その心配はどのようにして払拭されたのだろうか。おそらく、著者らのきめ細かな説明があったのだろう。その結果、両親はAくんの変化を受け入れ、しかも自分たちもまた「変化」したのである。
・たしかに、Aくんの変化は「つくも幼児教室」に通うことによって(「感覚統合訓練」を受けることによって)もたらされた。しかし、もしAくんの両親、そして家族も変化しなければ、このような「めざましい成長」は実現できなかったのではないだろうか。
・著者らは、Aくんの両親・家族に対してどのように接し、どのようにかかわったのだろうか、そのことについても是非知りたいと私は思った。著者はこの報告を「すべての子どもがこのように急速に成長してくれるとは限らないが、そんなときにも挫折せず、どの子どもに対しても適切な援助ができるよう、私達もこの嬉しい例を糧として、子どもたちとともに成長していかなくてはならない」と結んでいる。その誠実・真摯な姿勢に、心底から敬服・脱帽し、私自身も「成長していかなくてはならない」のである。(2016.5.13)