梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「葵一門劇団輝」(座長・葵たけし)

【葵一門劇団輝】(座長・葵たけし)〈平成22年9月公演・千代田ラドン温泉センター〉
 入館すると劇場は「大入り満員」。しかも団体客は皆無の様子、ここがこのような活況を呈していることは珍しい。私にとっては初見の劇団、どのような舞台が展開するか、期待に胸ふくらませて開幕を待った。芝居の外題は「変化の駒太郎」。筋書は単純で、あるお店の若夫婦、その女房に目をつけた土地の親分が旦那の方を博奕に誘い出し、借金を「でっちあげ」、その形に女房を奪い取ろうとする魂胆、実行犯は代貸しの「三枚目」(副座長・美奈月好次)。若夫婦を救出するのが「変化の駒太郎」(座長・葵たけし)。見せ場は、座長の「二枚目」ぶり、副座長の「三枚目」ぶり、といったところであろうか。舞台の景色は、文字通り「葵一門」風、関西風の「艶やかさ」、九州風の「こってり味」とは一線を画した、どちらかと言えば関東風、しかも横浜あたりを根城にした「山の手風」といった趣きが特長であった。また、土地の親分に扮したベテラン役者(橘伸輔?)、見るからに「高齢者」然であったが、舞台姿は矍鑠として「達者」そのもの、ピンマイクを使わずに肉声だけで演じきったのはお見事、口跡には大衆演劇独特のメリハリがあり、小声でも「客の方から耳をそばだてる」。舞踊ショーでは、な、な、なんと「女形」、島津亜弥の「お蔦」を堂々と披露する「心意気」には恐れ入った次第である。大衆演劇の魅力は「変化の妙」、芝居の姿が舞踊ショーで「一変」するところにあるのだが、そのことを身をもって「実行」している姿に脱帽する。それかあらぬか、副座長・美奈月好次の「変化ぶり」(女形舞踊)も見事であった。芝居の三枚目(赤鼻、ハゲ鬘)とは打って変わり、ほとんど別人かと見間違える「妖艶」な風情は天下一品であった、と私は思う。劇場に吊された幟(フンドシ)によれば、他に、孔槻麗華、輝星たくま、覇士大虎、美鈴華梨、あっちっち雄大、等の役者がいるはずだが、今回の見聞では名前と顔が一致しないまま帰路に就かざるを得なかった。座員一同は、誠に礼儀正しく、座長を筆頭に各自が客席の一人一人に、来場の感謝を述べる。客筋も「追っかけ」「御贔屓」がほとんどか、いずれにせよ、この劇場に「元気」「活気」をもたらしてくれることはありがたく、感謝を述べなければならないのは、こちらの方かも知れない。
(2010.9.10)