梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

童話・「異星人の話」

 ボクたちはサザンクロスという星に住んでいます。だから、異星人と呼ばれています。ボクたちの姿・形は、一人一人みな違いますが、心は一つです。その心とは「命を大切にする」ということです。特に、「自分のことより相手のことを考える」ことが大切です。ボクたちの寿命はおよそ一千年です。だから、毎日毎日をのんびりと暮らしています。子どもだからといって、勉強をする必要はありません。生まれた時には、立って歩くことができ、すでに言葉も身に付けています。文字の読み書きだってできます。何をしなくても、大人と同じことが、同じようにできるのです。でも本当の大人になるためには三百年もかかります。
そのために学校があります。そこでボクたちは「命を大切にする」ことを学びます。「自分のことより相手のことを考える」ことを学びます。歩くことができても、言葉を話し文字の読み書きができても、それだけでは大人になれないからです。
 学校で学ぶことは、ただ一つ「命」という教科です。その教科書の第一章には次のように書かれています。 


 ◆教訓Ⅰ・未来の子どもたちへ 
 今から一万年ほど前、地球という星がありました。そこにはたくさんの生き物が住んでいましたが、中でもHという動物はたいそう力が強くいばっていました。銃という武器を使って他の動物たちを追い払い、容赦なく殺し、食べ、毛皮を剥いで寒さをしのいだりしていました。Hは小賢しい「知恵」を身につけていたので、火をあやつり、様々な道具を発明したりして得意がっていましたが、所詮は畜生の浅はかさ、我欲をおさえきれずに、最後はH同士で勢力を争い合い、全滅してしまいました。そればかりではありません。
 地球という星そのものを破壊してしまったのです。動物、植物すべての生き物が犠牲になりました。でも、宇宙にある星は地球だけではありません。他にも美しい、平和な星がたくさんあります。私たちにはHのような「知恵」はありませんが、そのかわりに「愛」があります。「愛」とは、自分以外のものを、自分以上に大切にする「気持ち」です。それは、見ることができません。手に取ることもできません。地球にも「空気」というものがあり、そのおかげでたくさんの生き物が住むことができたのですが、そしてHの「知恵」はそのことを十分に知っていたはずなのに、我欲のおもむくままにその「空気」を汚してしまったのです。私たちはHの歴史から学ばなければなりません。Hは「知恵」をもてあそび、自分たちが万物の霊長であると過信しました。その過信と油断がHを滅亡へと導いたのです。
  私たちも油断をすると「愛」を失います。見ることも、手に取ることもできないので、感覚を研ぎ澄まし、つねにその存在をたしかめる努力が大切です。『自分以外のものを、自分以上に大切にしているか?』、いつもそう問いかけてください。  
  そのおかげで私たちが生きていられるのだということを、肝に銘じなければなりません。もし、Hと同じように自分以外のものをないがしろにし、自分だけを大切にしようとすれば、私たちの未来もまた破滅が待っているだけでしょう。


 この第一章には、難しい言葉がたくさん含まれているので、その内容を理解するためには、時間がかかります。だいたい百五十年ほどでしょうか。先生や友だちと、毎日の生活を振り返りながら、話し合います。ボクは現在百歳ですから、まだまだです。特に、「小賢しい『知恵』」「我欲」という言葉の意味がよくわかりません。「空気」「油断」の意味がわからない、という友だちもいます。それらの意味がわかるまで、ボクたちは勉強を続けます。   
 先生は「地球という星の歴史は四十六億年です。地球が生まれて六億年後に《生命》が誕生しました。でも、Hという動物が活躍したのは、地球最後のわずか三万年ほどでしかなかったんです」と教えてくれました。
(2017.5.31)