梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

出血性大腸憩室症の疑い・3

 朝の検診時、看護師から「今日は心臓エコー検査があります」と告げられた。担当医が念のために指示したのだろう。何時からかは看護師にもわからないようで、「検査室から連絡があり次第、お呼びします」ということだったが、結局、午前中には何の連絡もなかった。このぶんだと午後1時半過ぎだな、と思っていると、案の定、1時40分頃、ナースステーションのインターホンが鳴った。「今、連絡がありました。検査に行きましょう」と看護師とヘルパーが、車椅子を押してやってきた。私はヘルパー(中年女性)が押す車椅子に乗せられ、地下の検査室に向かう。途中、ヘルパーは無言のまま、いかにもめんどくさそうに車椅子を押す。運転は乱暴で荷物の運搬移動と大差なかった。私はトイレに行きたかったが、それを言い出すタイミングを逃してしまった。まあいいか、心臓エコーは15分程度で終わるだろうと(以前の経験から)思い、そのまま検査を受ける。しかし、今回は点滴をしながらなので最後まで続けられるか自信がない。検査が中断した時、若い検査技師(男性)に「まだかかりますか?・・・トイレに行きたいのですが」と訊ねた。「もう少しかかります。あと5分ほどですが我慢できますか?」「すみません、自信がありません」「そうですか、ではトイレに行きましょう」。今度はその技師が車椅子を押してトイレに向かう。「検査の前に行くべきでした。すみません」と謝ると「かまいませんよ」と、技師は意に介さない様子だった。車椅子の運転も先のヘルパーとは大違いで、きめ細かく、安心して乗ることができた。ヘルパーは介護職、技師は技術職、本来ならヘルパーの運転技術の方が勝ってよいはずだなのだが・・・、要は「相手を思いやる心がけ」の問題になるだろう。検査室に戻って再開・・・、技師が私に話しかける。「心筋梗塞になったのはいつごろですか」「2018年の6月です」「ステントを入れましたか」「はい」「そうですか。心臓の機能を示す数値はよろしいです。よほど発見が早かったからでしょう。なかなかここまでは回復しません」。昨日も「腹部エコー検査」を受けたが、その時の技師(若い女性)は、検査に必要な指示をするだけで、検査中は終始無言であった。
 何のために検査をするか。いうまでもなく医師は病因の究明、検査技師は異状の確認、一方、患者にとっては《安心するために》検査を受けるのだ、ということを臨床家は忘れてはなるまい。今日は担当医の回診はなかった。なぜなら、勤務日ではないからである。
(2019.12.20)