梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

1967年のブログ記事

1967年(ムラゴンブログ全体)
  • 小説・ひばり(6)

        私の歩みは、玉川上水の流れに規定されているということを、はたして女は知っていたのだろうか、いや私とて知るすべもなく、人間が性懲りもなく繰り返す悲喜劇に天は思わず感極まって涙を流した。 「あら雨かしら。雨が降ってきたのよ」 その声は、折からパッと開かれたアジサイ色のパラソルと同様、可憐この上... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(5)

        夢もうつつもまぼろしも、一枚の紙の重さほどの説得力すらすでに消え失せ、あげくのはてに私みずからの存在証明にあけくれる日々のためにこそ流れ行く玉川上水の鉛色の水でさえ、どこかよそよそしく、はやくも女はサンドイッチを入れた信玄袋をかかえて、どこか素敵な木陰はないかしら、だが私は絶望する必要はな... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(3)

     私が思わず居間の方をふりかえると、父はそこに集まった客の間から間へと、何事も無かったようにニコニコと、酒を注いで回っていた。これは何かの間違いではあるまいか。私としては、そうとしか考えようがなかった。だが、もし間違いであればなおさらのこと、私は警察に出頭しなければならない。とはいえ、逮捕令状もな... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(2)

     京の夢、大阪の夢。私は昨日、私の生活の大団円の夢をみた。そのとき、私はすでに私ではなく、行きずりの生活でめぐりあった人々のすべてと最後の酒宴を共にする中で、恍惚として感謝の涙を流していた。だが例によって、一抹の不安の兆しにあたりを見回すと、そうだ母親がわりの、今は老いさらばえた醜女が土間の隅で、... 続きをみる

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  • 小説・ひばり(1)

     高田馬場から、西武線を西へ50分、玉川上水駅に降り立ち、見ればふとかたわらを流れる鉛色の人食い川を、さかのぼって羽村の取入口まで約15キロ、なお西へ向かって私は憤然と歩き出すのだ。玉川上水といえば。今は昔、コメディアン・太宰治の息の根をとめたほど、満面あますところなくやさしさの微笑をたたえた、温... 続きをみる

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