梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「若姫劇団」(座長・愛望美)

【若姫劇団】(座長・愛望美)〈平成24年12月30日公演・戸野廣浩司記念劇場〉
午後7時から、東京谷中の戸野廣浩司記念劇場で大衆演劇観劇。「若姫劇団」(座長・愛望美)。案内パンフレットによれば、「谷根千地域密着型大衆演劇」と銘打っており、〈皆さん、本年も一年有り難うございました。12月公演が年内最後となります。年納めは舞踊ショーの拡大版としてたっぷりおどりを観ていただきたいと思います。そして、以前やらせて頂いて好評でした楽屋裏。メークから着付けまでを舞台で御披露させて頂きます。更に12月公演が終わりましたらすぐに新春公演です。芝居と舞踊ショーといういつものプログラムに戻しまして2013年を皆様と共に迎えたいと思います。年末年始は若姫劇団2本立てでよろしくお願い致します。全ての方と思い出を 若姫劇団 座長 愛望美〉というコメントも添えられていた。出演者は、谷根千の愛姫 座長・愛望美、舞台の妖精 副座長・愛美萌恵、谷中のやんちゃ姫・若姫有姫、紅の翼・愛美紅羽、心の歌い人・愛美心美、若き舞姫・愛美舞、弥生あきら、ゲスト・里見孝雄、特別ゲスト。若葉しげる、である。折からの豪雨の中、やっと劇場にたどり着いたが、そこは小さなビルの地下一階、パイプ椅子が40脚並べられていたが、舞台が無い。正面に化粧台が一つ、ポツンと置かれているだけであった。なるほど、第一部は「楽屋裏」。普段は見られない風景を披露しようという魂胆か。やがて、副座長・愛萌美がスッピンで登場、入念にメークを始める。そこに座長・愛望美もやってきて、化粧品・化粧法を、事細かく解説するという趣向・・・。しかし、この企ては、近江飛龍、梅乃井秀男の舞台で、すでに私は見聞済み、特筆すべき感興は湧かなかった。さて、準備万端、いよいよ舞踊ショーの開幕となったが、「楽屋裏」が「舞台」に早変わり、というわけにはいかなかった。そこは、あくまでも「楽屋裏」、要するに、役者と観客の「距離」が近すぎるのである。まして、観客数は(悪天候に阻まれてか)10人ほど、「観る」方もつらかった。さすがに、座長・愛望美、副座長・愛美萌恵の風情は魅力的、実力のほどが窺えたが、他のメンバーはまだ「発展途上」、案内パンフレットの豪華さ(キャッチフレーズ)には及ばなかった、と私は思う。救いは、特別ゲストの若葉しげる。私が40余年前、生まれて初めて観た大衆演劇の舞台が、千住寿劇場での「劇団わかば」、往時の風情そのままに、今日もまた艶やかな舞姿を披露してくれた。そういえば、あの時もそうだった。十名程度の観客を相手に「侘びしく」踊る光景が、昨日のことのように思い出される。以後、様々な紆余曲折を経て、今では「総師」(大先生)と称されているが、心根は不変、四十路を迎えようとする愛姫(愛弟子)のために、馳せ参じる「心意気」に、私は脱帽する。(舞台)背景に掲げられた垂れ幕、そこに記された「谷根千の愛姫」という文字を見やりながら、「あの人も、若く見えますが、もうすぐ四十、それなのに谷根の千姫だなんてねえ・・・」と呟いたジョークが、ひときわ鮮やかであった。
(2012.12.30)