梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「高群逸枝全集 第一巻 母系制の研究」(理論社・1966年)通読・17

【要点】
《第二節 姓氏録における女祖》
《確実に女祖であるもの》
 姓氏録の祖宗決定の方針は、父祖の確立にあるから、明らかに女性の始祖に出自する氏は、極めて微弱な二氏があるのみである。その一は、大和国神別地祇吉野連氏である。
(略)
 初め首姓であったが、天武紀12年10月連姓を賜った。微弱ではあるが由緒ある続で、大和志料、吉野郡井戸村條に「水光女の子孫ここに住し、井戸氏と称し、世々郡中の名族たり」とある。この氏が女祖を奉ずるのは、その女祖が神武御東征に 忠誠を顕したからと、御祖神として斎いていたのを、そのまま始祖として具申したによる。
 他の一は、未定雑姓摂津国阿刀部氏である。この氏と同国に阿刀物部なる氏がいて、後左京職に貫附し、良階宿禰と改められたことが三代実録に見えているが、饒速日命裔を称している。しかるに、同じく摂津に阿刀連氏がいて「饒速日命之後也」とある。阿刀部、阿刀物部、阿刀連の諸氏間にはおそらく親密な関係があるものと思われるが、これ以上の消息は不明である。とにかく、阿刀部氏の祖先とするものは、山郡多祁流比女命という女性であり、吉野氏と同様、御祖神として斎いた神であろうと思われる。
《他説に女性とするもの》
(略))
 出雲国造神賀詞に、大国主命の御子賀夜奈流命を大和国飛鳥の神奈備に留め、皇室守護の任を負わしめるとあるのを、普通には男神と解されているが。弘仁13年4月の官符には、賀夜鳴比女社とあるから女神らしい。いずれにせよ、姓別不詳の名は、そのまま不詳として受け取ることが、最も無難であり、多少でも女性説があるならば、此方を取り挙げるのが正鵠を失しないことになろう。
 姓氏録にあって、性別不詳の名は、非常に多いのである。特に、神別に多い。その中、多少の女性説、または女性同体説ある最貴の若干神について、次に見よう。
 *天御中主神(栲幡千々姫命)
 *神魂命 
*太玉命(櫛玉姫神)
《一説に女祖とするもの》
 *穂高見命
 *左京皇別御使朝臣
*衣縫氏
*筑紫君
 姓氏録にあっては、表面上明白な女祖は、微弱な二氏を数えるに過ぎないとしても、姓別不詳の祖名中女性説あるもの、あるいは、男祖の氏にして一に女祖説の行われ居るもの等の検討により、古伝が女祖の存在を認めたる事実の存する一事は、疑うことができない。姓氏録における女祖の勢力は、その隠れたる面にあっては、侮りがたきもののあることが観察される。


【感想】
 ここでは、姓氏録にある女祖について述べられている。姓氏録は父祖確立を基本方針にしているため、女祖であることが明らかにされているのは、大和国神別地祇吉野連氏と未定雑姓摂津国阿刀部氏の二氏だけだが、他にも女祖と思われるものがあり、著者は七氏の例を挙げている。そして、女祖の勢力は「侮りがたい」と記しているが、祖が男であるか、女であるか、ということが、どのような差違を生みだすのか、また母系制が根強く残存する当時の生活とはどのようなものであったのか、知りたい。 
(2019.11.18)