梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・指しゃぶり

 物心ついた時から、私は両手の親指をしゃぶっていた。そうすると、気持ちが落ち着くからである。退屈なとき、淋しいとき、入眠するときは必ずしゃぶっていた。祖母は、親指に包帯を巻き付けたり、辛子を塗ったりして止めさせようとしたが、効果はなかった。父も気に病んでいたようだが、表情を曇らせるだけで何も言わなかった。子どもにとって母親の感触、温もりは不可欠、それを奪ってしまった悔恨と、与えられないもどかしさがあったのだろう。私の親指はいつもふやけ、タコができていた。それは異国の地で病死した母の「形見」であり、私にとっては存在の原点であった。私の「指しゃぶり」は、執拗に中学校2年まで続いたが、思春期の到来とともに消失した。しかし、それは「喫煙癖」へと形を変えて、今でも続いている。両手親指のタコは、母の面影同様、跡形もない。(2015.4.2)