梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

私の戦後70年・父との再会

 いつのことかは定かではない。一足先に満州から引き揚げ、祖母の元で暮らしていた私の所へ、兵役から生還した父が訪ねてきた。それまで溺愛されていた私は、人見知りが激しく、成人男性には寄りつかなかったという。その場の一同は、父と私が再会する場面を興味深く見守っていた。父は笑いながら「オイ、コウタロウ、おいで」と手招きすると、私は臆することなく走り寄り、抱かれたそうだ。「さすがは親子、血は争えない」と感嘆の声があがったとやら。数日後、父は私を乳母車に乗せて買い物に出かけた。行き先は街角の薬局、私を店先に置いたまま店内に入っていったが、いつまで待っても出てくる気配がない。「置き去りにされたのではないか」といった不安が恐怖にかわり、私は火がつくように泣き出した。「何事か」と通行人が集まって人だかりとなったが、数分後、父が頭を掻き掻き出て来た。「お騒がせしてすみません」と謝る姿を、かすかに憶えている。「私の戦後70年」、父子家庭のはじまりであった。(2015.3.20)