梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅳ・「ゴロゴロ」「ウロウロ」行動の意味

【2歳頃から3歳頃まで】
 お子さんがたいへん静かにしているので、ふと気がつくと部屋の隅やテーブルの下などでゴロゴロと寝そべっていたりすることはありませんか。どう考えても眠いはずはないのに、ゴロゴロと寝そべりたがることはありませんか。あるいは、意味もなく部屋の中をウロウロ歩き回ったりしていることはありませんか。
 こうした行動は、お母さんにとってはそれほど迷惑なことではなく、むしろ世話がやけないのでつい見落とされがちになります。しかし「ことばを学ぶ」という点からみると、要注意なのです。
 生まれたばかりのサルをすぐに親から離して一匹だけ隔離して育てると、同じような行動が見られるといわれています。また、動物園にいるトラなども、たえず檻の中をウロウロと歩き回っています。こうした行動は、他の仲間との「かかわり」が絶たれた場合の「異常行動」だと考えられています。
 この考えは、人間の場合にもあてはまるようです。生まれたばかりの赤ちゃんが、何らかの理由でお母さんとの「かかわり」がうまくとれなかった場合、赤ちゃんは「不安」「緊張」といった気持ちでいっぱいになってしまいます。それが幼児期まで続くと「不安」や「緊張」のために、周囲のできごとに対する興味・関心が芽生えずに、「何もしないでゴロゴロしている」とか、その不安や緊張をまぎらわすために「ウロウロ歩き回る」といった行動を示すと考えられます。
 これはたいへん困ったことで、すぐにでも何らかの手をうたなければなりません。まず第一に、お子さんの「不安」や「緊張」の原因として思い当たることはないか、考えることが必要です。多くの場合、お母さんとの接触が疎遠になっていることが考えられます。しかも、文字通り「体と体の接触」が断たれている場合が多いのです。お子さんが立って歩けるようになると、それだけで「だっこ」や「おんぶ」の機会は少なくなります。またお子さんに聴覚障害がある場合には、お母さんの「やさしい声」も十分に聞こえないわけですから、満たされない気持ちがいつまでも続いている、ということが考えられます。お母さんの方も、お子さんの耳が聞こえないというショックから、気持ちが晴れずあれこれと思い悩むことの連続で、お子さんの気持ちを満たしてあげるゆとりがないかもしれません。
 しかし、今お子さんの気持ちが「不安」と「緊張」でいっぱいになっているとすれば、まずお母さん自身が全力を挙げて精一杯それをときほぐしてあげなければならないでしょう。ニッコリ笑いかけること、だっこやおんぶ、おうまさんごっこ、くすぐりっこ、おすもう、ぐるぐる回しなど、ありとあらゆる手段を考えて、「体と体の接触」をふやすことが必要です。「ことば」は要りません。表情と表情で十分に気持ちの伝え合いができるからです。
 もしそのことによって、お子さんの表情がほぐれ、目の光が輝いてくれば成功です。「もっとやって」という素振りが見えれば成功です。何をするにも興味を示さなかったお子さんが「やりたいこと」を見つけることができたからです。しかも、それはひとりでやることではなく、お母さんという「相手」を必要としているものだからです。
 お子さんは、いつまでも「やって」「やって」としつこくせがむかもしれません。しかし、ここが大切な時なのです。何回でも、お子さんが「もういい」という気持ちになるまでやり続けるのです。そのために、お母さんは家の仕事ができなくなってしまうかもしれません。くたびれてへとへとになってしまうかもしれません。それでも、努力してやる続けることが必要なのです。お子さんの「不安」や「緊張」がほぐれ、人間とかかわることのおもしろさ、喜びを、今やっと味わえるようになってきたからです。それが「相手のしていること」や「相手の言っていること」を「見たり」「聞いたり」しようとする気持ちへと発展し、「見る力」「聞く力」「まねする力」を着実に伸ばしていく土台になるからです。
 お子さんが寄ってきました。また遊んでとせがむのです。洗濯物は山のようにたまっているのに、でもその方が、きちんと整えられた部屋の片隅でゴロゴロしているお子さんに感謝しながら、せっせと仕事がはかどるよりは、よっぽど素晴らしいことを悟らなければなりません。