梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅳ・お子さんの「行動」を観察しましょう

【2歳頃から3歳頃まで】
 お子さんは2歳になりました。「わが子は耳のきこえが悪い」という思いは、いっときもお母さんの心からはなれず、毎日が「心配」と「あせり」の連続であるかもしれません。とりわけ2歳ともなると、他の子どもはずいぶんとしっかりしてきて「何でもできる」ように思われ、わが子の「未熟さ」がきわだって感じられることでしょう。
 しかし、冷静に考えてみてください。お子さんが他の子どもと比べて異なる点は「耳のきこえが悪い」ということだけなのです。身体を動かすこと、目で見ること、指を動かしこと、人とつきあうこと、食べること等々、その他のことについては何ら異なることなく、他の子どもと同じようにできていいはずです。ところが、実際はどうでしょうか。直接「耳を使うこと」以外のことでも、まだ未熟であることが意外に多いようです。それは、耳からの情報が入りにくいために行動はいつも一歩遅れがちになる、ことばをうまく使いこなせないために物事の意味の理解が不十分である、というようなことが原因として考えられますが、それ以上にお母さん自身の気持ちや接し方も大きく影響しているように思われます。つまり、お母さんの気持ちが「わが子の耳のきこえ」ばかりに集中してしまい、他のことまで目が行き届かなくなるということです。そのために、お子さんの現在の「全体像」(どのような生活能力を身につけているか)を見失いがちになり、お母さんの接し方とお子さんの現在のあり方とがうまくかみあわなくなってしまうのです。お子さんの「全体像」を知るということは、当面どのような育て方をしていけばよいかを考えるうえで、きわめて重要なことです。
 そこで今、お子さんが全体としてどのような発達をしているか、どんなことはできて、どんなことはできないかをはっきりさせるために、『乳幼児精神発達診断法』(津守真・稲毛教子・大日本図書)という本を参考にしながら、だいたい2歳から3歳にかけて、子どもはどのようなことができるようになっていくかを述べてみたいと思います。お子さんの様子を観察しながら、今できること、まだできないことを整理してみて下さい。
 まず、「身体がよく動くか」(運動能力)ということについてです。通常、2歳までには「立つこと」「歩くこと」(20分位)「かなりよく走ること」「リズムに合わせて体を動かすこと」「椅子などの上から飛び降りること」などができるようになります。2歳を過ぎると、「両足で跳ぶこと」「ぶら下がること」「階段の上がり降り」「すべり台」などができるようになり、3歳前後には「ブランコに立って乗ること」「三輪車に乗ってこぐこと」などができるようになります。
 次は、「物を探したり、使ったりすること」(探索・操作)です。2歳までには「鉛筆のなぐりがき」「水や砂を器に入れたりこぼしたりすること」「障子やふすまの開け閉め」「そうじのまね」「物を紙や布で包むこと」「おもちゃの電話で遊ぶこと」「ボールのやりとり」「積み木を並べること」「人形のおんぶやだっこ」などができるようになります。2歳を過ぎると、「ままごと遊び」「乗り物ごっこ」などの遊びや「はさみで切る」ことができるようになり、3歳では「○や簡単な人の顔を描くこと」「のりづけ」「積み木でトンネルを作ること」などができるようになります。
 次は、「人とかかわろうとする意欲や、やりとりをする能力」(社会性)についてです。2歳までにできることは「わざといたずらをして人の気をひこうとすること」「父母のしぐさのマネをすること」「困難な場面ではあきらめないで助けを求めること」「鉛筆をにぎらせて書いてくれとせがむこと」「みせびらかすこと」「友だちと手をつなぐこと」などです。2歳を過ぎると、「自分から外に遊びに行くこと」「友だちの名前をおぼえること」「追いかけっこ」「いいきかせればがまんすること」「年下の子どもを抱っこしようとしたり、食べさせようとしたりすること」「ふざけて母を部屋に閉じ込めたりすること」などができるようになります。3歳になると「友だちとケンカをするといいつけにくること」「電話ごっこで交互に会話すること」ができるようになります。
 次は、「食事・排泄・生活習慣」についてです。2歳までには「キャラメルなどの紙をむいて食べること」「スプーンを使うこと」「ストローで飲むこと」「自分の口の周りやこぼしたところを拭くこと」「家族の茶碗や箸を区別して並べること」「おしっこをした後で知らせること」「ぼうしをかぶること」「靴をぬぐこと」「食事・入浴に父をさそうこと」「自分の体に石けんをつけて洗おうとすること」「物をかたづける手伝い」などができるようになります。2歳を過ぎると、「大便をおしえること」「おしっこの前におしえること」「靴をはくこと」「飲み込まないでブクブク」などができるようになります。3歳になると、「箸を使うこと」「歯磨きの習慣」「おもらしをしなくなり夜中でも母を呼ぶこと」「ひもの結び目をほどくこと」などができるようになります。
 最後は、「物事の理解やことばの能力」についてです。聴覚障害があるお子さんの場合、当然遅れがちになっていることが考えられますが、どの程度遅れているか。たとえ遅れていても「確実にできることは何か」を的確に見極めることが大切です。まず1歳前後には「櫛やブラシや鉛筆などをおとなのしぐさをまねして使う」「知っている場所、欲しい物などを指さしておしえる」「新聞を持ってきて、などというとわかる」「目はどこ、耳はどこなどと尋ねると指さす」「本を読んでとせがむ」「本をよむように声を出す」「名前を呼ばれると返事をする」ことなどができるようになります。2歳近くになると、「お話を聞くことが好きになる」「簡単な質問に答える」「おとなの言ったことば(単語)をそのままマネして言う」「欲しい物があるとチョウダイと言う」「高いところの物を台を使ってとる」ことなどができるようになります。2歳を過ぎると、「いちいちナーニと聞く」「ことばを二つ三つつなげて話す」「童謡が部分的に歌える」「アノネと言って話しかけてくるが後が続かない」「赤、青などの色の名前がわかる」ようになります。また2歳半頃には、「自分の名前を言ったり、話に中に自分の名前を入れたりする」ようになり、3歳になると「ボク、ワタシなどと言う」ことができるようになります。「もう一つちょうだい」の意味もわかるようになります。
 さあ、いかがでしょうか。お子さんは「耳のきこえが悪い」わけですから、それと直接関係のある「物事の理解やことばの能力」に遅れが見られるのは当然といえましょう。しかし、他の能力でも遅れがちになっていたりはしませんか。その中には、お母さんの気持ちが「耳のきこえ」の問題にばかり集中してしまい、「まだやらせていなかった」「いくらやらせようとしてもできないので、つい手伝ってしまった」「心配でやらせる気にならなかった」というような接し方・育て方が原因となっていることがあるかも知れません。
 今、お子さんのどんな能力は年齢なみに発達しているか、どんな能力は遅れがちになっているかを的確に見極め、遅れがちになっているのは何故かを冷静に考えることが大切だと思われます。「耳のきこえ」に限らず、遅れがちになっている能力のすべてにわたって、どのように育てていけばよいかを考えることが、今後の課題になるわけです。