梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅲ・「指さし」をしますか?

【1歳頃から2歳頃まで】
 「あんよ」ができるようになると、お子さんは自由にあたりを動き回ることができるようになり、いろいろな事物に対する興味・関心は、今までとは比べものにならないほど増大します。もう、思ったところへ行くことができ、さわりたいものを思う存分いじることができるのです。「いたずら」の量は倍増し、お母さんにとっては、ちょっとでも目を離せない時期がやってきました。
 それにつれて、今までおもしろがってやっていたことでは満足しなくなり、お母さんに対してさまざまな要求をするようになります。タンスの上にあるおもちゃを取って欲しい、冷蔵庫の中のジュースが欲しい、水を飲みたい、茶だんすの中のお菓子が食べたい等々。「そんなときお子さんはどのような方法でお母さんに助けを求めるでしょうか」。まだことばを十分に話せないお子さんが身につける方法として、次の二つが特徴的です。  
 その一は、欲しい物またはそれがある方向に向かって「指をさす」方法です。その時、お子さんは必ず人差し指一本を伸ばして指示します。また、お母さんの顔と欲しい物を交互の見ながら「声を出す」ことも特徴的です。「アーアー」と言いながら、タンスの上のオルゴールを指さしたりします。するとお母さんは「この子はオルゴールが欲しいのだな」ということを了解します。 
 その二は、「お母さんの手首をつかまえて,欲しい物がある所まで連れて行き、直接お母さんの手でその物を取らせようとする」方法です。この時、お子さんはほとんどお母さんの顔を見ようとしません。また、声を出すこともあまりしません。  
 この二つの方法は、お母さんに助けを求めていることに違いはないのですが、「ことばを学習する」という観点からみると、根本的な違いがあるのです。つまり「指をさす」方法で特徴的なことは、欲しい物とお母さんの顔を見比べるということ、声を出している、ということです。これは「自分」の要求をお母さんという「他人」に、「声を出しながら」「間接的に」表現しているのです。いいかえれば、自分の手と声を、目的を果たす手段として使いながら「あれを取って」という「意味」を表現しているのです。もう、お母さんに対して話しかけていることと同じです。それに対して、「手首をつかまえて連れて行く」方法はどうでしょうか。お子さんの目の中に入っているものは、お母さんの顔ではありません。お母さんの手または腕です。つまりお母さんを「他人」(人間)としてではなく「道具」として見ているのです。ちょうど私たちが高い所にあるものを「棒」を使って取ろうとするように、お子さんはお母さんの「手」を棒のように利用しようとしているのです。これは、「自分」の要求をお母さんという「他人」に頼んでいるのではなく、お母さんを「自分」の体の「延長」として使おうとしていることに他なりません。したがって、お母さんと「やりとり」をする必要はなく、話しかけていることにはならないのです。
 どうですか。お子さんはどちらの方法を身につけていますか。指をさしたらまず安心、手首をもったら要注意です。
 さて「指をさす」ことは、お子さんが「ことばを話す」ことの原点になります。ある事物を指さしながら「アーアー」と声を出すということ、その背後には、今述べたような「あれを取って」という意味ばかりではなく、その時と場面に応じて多種多様な意味が含まれているからです。道を歩きながら、絵本を見ながら、テレビを見ながら、買い物をしているお店屋さんの中で、電車で窓の景色をながめながら、というようにお子さんはありとあらゆる場面で「指をさす」ことでしょう。その中には「あっ、あれ見たことあるよ」「あれはナーニ?」「あれは、とてもきれいな色だな」「あっ、ほら見つけたよ、お母さんも見てごらん」「あれ、欲しいなあ」というような意味が、お母さんに対する働きかけとして含まれているのです。したがって、お子さんが指をさしながらお母さんの顔を見た時は、「ことばのやりとり」をする絶好のチャンスです。笑顔でうなずきながら「そうねえ、あれはワンワンね。かわいいワンワンね。おうちのとおんなじね」「あれは、タンポポの花よ。きれいねえ」「あっ、ほんとだ。赤いブーブだ。ウーウーウーっていってるね」というように、「さりげなく」応えてあげることが大切です。そうしたお母さんの「返答としての語りかけ」は、スムーズにお子さんの気持ちの中に入っていくことができます。まずお子さんの方に「お母さんの返答を期待する気持ち」が高まっているからです。
 「指をさす」ことは、人間だけに特有の行動であるといわれています。通常、「指をさす」ことができるようになるためには、お母さんと赤ちゃんの表情や声、手まねなどによる「やりとり」ができるようになり、その中で、一点を集中して凝視できるようになること、お母さんが指さしたものを見ることができるようになること、が必要だと考えられます。まだ「指をさす」ことができないお子さんの中には、お母さんが指をさした方向を見ようとせず、指そのものを見てしまうことが多いようです。まだ、お母さんとの気持ちのやりとりが十分にできていないので、お母さん(人間)に対する興味・関心が少なく、「指をさす」という行為の意味が十分にのみこめないでいるのでしょう。したがって、もう一度、「乳幼児の育て方・Ⅰ~Ⅱ」を読み返していただき。そこからあせらずにやりなおすことが大切だと思われます。