梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅲ・「たっち」「あんよ」はできますか

【1歳頃から2歳頃まで】
 早いもので、赤ちゃんが生まれてからもう1年が過ぎました。静かに目をつぶると、お母さんの頭の中には赤ちゃんとのさまざまな情景が走馬燈のように浮かんでくるでしょう。その思い出がお母さんにとって楽しいものであればあるほど、赤ちゃんは順調に育っているのです。しかし、お母さんによってはこの1年間「心配と不安ばかり」で何ひとつ楽しい思い出なんかない、という方もいらっしゃるかもしれません。でも、いくら心配をしてみても事態の改善は図れません。事実はひとつなのです。今、赤ちゃんはどんな「事実」として存在しているのかを冷静に見極めることが大切です。赤ちゃんにとって「お母さんのさびしそうな顔」「お母さんのため息」ほどつらく悲しいことはないのです。赤ちゃんには「どうして」お母さんが「さびしそうな顔をしているのか」わかりません。しかし、さびしそうな顔そのものは、だれよりも早く、だれよりも的確に見ぬくことができるのです。お母さんの育児という仕事の中で、最も大切な役割は「赤ちゃんに安心感を与える」ということでした。それなのに、お母さん自身が心配ばかりしていては、赤ちゃんが安心できるはずがありません。この1年間をふりかえって、たとえ楽しい思い出がなかったとしても、赤ちゃんに対してだけは「笑顔」で接することを心がけて下さい。
 さて、お誕生日を迎える頃、赤ちゃんには大きな変化がおこります。そうです。「たっち」「あんよ」ができるようになることです。この「たっち」「あんよ」をはじめた時期は、赤ちゃんの全体的な発達をみる時の重要なポイントになります。通常、1歳半くらいまでにはできるようになりますが、2歳を過ぎてもまだできない場合には、専門家に相談する必要があります。
 赤ちゃんにとって「たっち」「あんよ」ができるようになるということは、自分の体を自由に移動させることができ、自分の興味・関心を十分に満たせる条件が整うということで、極めて重要な意味があります。もうこれからは、のぞきたいものを自由にのぞくことができ、さわりたいものを自由にさわることができるのです。赤ちゃんの気持ちは充実し、毎日が好奇心と喜びの連続でしょう。一方、お母さんにとっては、いっときも目を離せない、手のかかる時期に入っていくのです。
 ところで、赤ちゃんの「たっち」「あんよ」ができる時期に、もうひとつ大きな変化がおこります。それは、はじめて「ことばらしいことば」を言えるようになることです。「マンマ」「ワンワン」「ブーブ」等々。この「話しはじめ」の時期と「歩きはじめ」の時期の関係がどうかをみることも、今後の赤ちゃんの発達、とりわけ「ことばの発達」を考えるうえで重要なポイントになります。
 ①「歩きはじめ」よりも「話しはじめ」の方が早い。
 ②「歩きはじめ」と「話しはじめ」は、ほぼ同時。
 ③「歩きはじめ」のほうが「話しはじめ」よりも早い。
 この三つの場合を比べた時、③は「ことばの発達」にとって、あまり都合がよくないことがわかります。どうしてでしょうか。①や②の場合は、自由に動き回って好奇心を満足させる喜びを知る前に、すでに「ことばを交わし合う」ことの便利さや喜びを知っているのです。それに比べて③の場合には、そうしたことを知る前に、動き回って自分の好奇心を満たすことの喜びを知ってしまうために。「ことばを聞いたり話したりすること」にあまり興味・関心が湧かなくなってしまうことが考えられるからです。  
 【聴覚に障害のある赤ちゃんには、③の場合が多いようですが、たとえはっきりしたことばを話すことはできなくても。「歩きはじめ」と同じ時期に「指をさして知らせる」「指をさして要求する」「声を出して呼ぶ」「ことばを話しかけると、じっと口元を見たり、聞き入ったりする」「ひとりで遊びながら声を出している」というようなことがあれば、それはとても明るい材料です。反対に、時々ことばらしいことを言うことはあるが、それはその場とあまり関係のないことだったり、人の話しかけを全く無視して動き回っていたりするような場合には、注意する必要があります。「たっち」「あんよ」は、赤ちゃんの興味・関心を伸ばし、豊かな知識を身につけていくためには必要不可欠なことですが、それが「人とのかかわり」を通して行われなければ、「ことば」を使わないで。ただ黙々と自分だけの世界で満足してしまうおそれがあるからです。 
 さて、あなたの赤ちゃんの場合はどうでしょうか。