梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅱ・「ことば」がなかなか出てきません

【3ヶ月頃から12ヶ月頃まで】
 赤ちゃんが生まれてからはじめてことばを言えるようになるには、通常1年間の時間が必要です。しかし、その時間は赤ちゃんによってずいぶん差があり、10ヶ月頃にはもう片言をしゃべれるようになる赤ちゃんもいれば、1歳半頃になってやっとことばが出てくる赤ちゃんもいます。1歳半を過ぎて2歳近くなってもまだことばが出ない場合は、お母さんはとても心配になります。近所のお医者さんや保健所に相談にいくかもしれません。そしてふと「耳がきこえないのだろうか、いやそんなはずはない。後で手をたたくとびっくりしたし、ガラガラであやすと喜んで笑ったこともあったから・・・」などと考えたりするでしょう。 
 【さて、今かりに赤ちゃんの聴覚に障害があったとします。その時は、1年たっても2年たってもことばは出てこないでしょう。いうまでもなく赤ちゃんはことばを耳を通して知るのですから、ことばがどんなものかわからず、それを言えないことは当然の結果です。 ところが「耳がきこえていてもことばが出てこない場合があるのです」。ですから、お母さんにとって大切なことは、赤ちゃんのことばが出てこない原因は何なのかを、冷静に考えてみることです。本当は耳がきこえているのにきこえていないと思ってしまったり、逆にきこえていないのにきこえていると思ってしまったりすることが意外に多いのです。ここでは、赤ちゃんのことばが出てこない原因を考えるために「1年間でことばが言えるようになった赤ちゃんは、どうして言えるようになったのか」ということについて考えてみたいと思います。 
 誕生してからの1年間、赤ちゃんは何もしないでことばが言えるようになるのを待っていたわけではありません。着々とその準備をしていたのです。今、その準備の内容を箇条書きにしてみますので、あなたの赤ちゃんと比べてみて下さい。   
①赤ちゃんは力いっぱい泣きました。そして、泣くことによってお母さんを呼ぶことをおぼえました。
②赤ちゃんはオッパイをたくさん飲みました。力いっぱい舌を使って吸うことをおぼえました。
③赤ちゃんは、泣き方を変えて、今の状態をお母さんに知ってもらうことに成功しました。          ④赤ちゃんは泣くとき以外にも声を出すことをおぼえました。 
⑤赤ちゃんは声を出しながら、いろいろに口を動かして「音」をつくることをおぼえました。
⑥赤ちゃんは、笑うことをおぼえました。
⑦赤ちゃんは、人間の顔が他の物に比べてとてもおもしろいことに気づきました。
⑧赤ちゃんは、お母さんの顔をおぼえました。
⑨赤ちゃんは、お母さんといつも一緒にいると安心でき、楽しいことが起きることを知りました。
⑩赤ちゃんは、お母さんが大好きになりました。
⑪赤ちゃんは、お母さんがいなくなるとさびしい気持ちになることを知りました。
⑫赤ちゃんは、周囲にはいろいろな「音」があることを知りました。
⑬赤ちゃんは、「音」がしたとき、そっちの方を見たいと思うようになりました。
⑭赤ちゃんは、物と物をぶつけて「音」を出すことをおぼえました。
⑮赤ちゃんは、「音」を聞いて、そっちを見なくても「音を出している物」の様子が頭の中に見えてくるようになりました。
⑯赤ちゃんは、「お母さんの声」が特別に気持ちよく感じられるようになりました。
⑰赤ちゃんは、「お母さんの声」や「お母さんの顔」が、その時々によっていろいろに変化することを知りました。
⑱赤ちゃんは、お母さんやお父さんの声がとてもはっきり大きく聞こえ、他の音は小さくぼんやり聞こえるようになりました。
⑲赤ちゃんは、おもちゃの音や小鳥の声はいつも同じだけど、お母さんの声やお父さんの声はいつも違うことを知りました。 
⑳赤ちゃんは、お母さんやお父さんがこっちへやって来るとき、顔をのぞきこみながら、いつも同じ声を出すことに気づきました。 
㉑赤ちゃんは、おもちゃよりお母さんの持ち物にさわりたいと思うようになりました。
㉒赤ちゃんは、お母さんのしていることを見ると、自分もやってみたいと思うようになりました。
㉓赤ちゃんは、落ちている物を指でつまめるようになりました。
㉔赤ちゃんは、声を出していると、お母さんが同じ声を出していることに気づきました。           ㉕赤ちゃんは、お母さんと同じ声を出してみたくなりました。時々成功すると、お母さんが抱きしめて喜んでくれることを知りました。
㉖赤ちゃんは、お母さんやお父さんが出している声の中で、とてもはっきり聞きとれるものがあることに気づきました。それは「マンマ」「ネンネ」「バイバイ」「パイパイ」「パパ」「オブ」「チョーダイ」、そして「○○チャン」という声でした。
㉗赤ちゃんは、それと同じ声を時々出せるようになりました。「マンマ」と言うと、オッパイやごはんが目の前に出てくることを知りました。
 どうですか。もし赤ちゃんの耳がよくきこえないとしたら、④⑤⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱⑲⑳㉔㉕㉖㉗といった準備は全くできていないか、きわめて不十分でしょう。しかし、たとえ耳がよく聞こえていたも、①②③⑥⑦⑧⑨⑩⑪㉑㉒㉓といった準備ができていなければ、ことばが出てくることにはならないのです。つまり、①②③⑥⑦⑧⑨⑩⑪㉑㉒㉓といった準備が、きこえとことばの発達の土台になり、その上に④⑤⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱⑲⑳㉔㉕㉖㉗という準備が築き上げられるのです。  
 さあ、赤ちゃんはどこまで土台ができあがっていますか。そしてどこまで準備が築かれているでしょう。もし、その多くが欠けていたとしても、決しておそくはありません。今、ことばが出ない原因がはっきりしてきたのですから、まだ十分でない土台や準備を確実にマスターできるようにして下さい。】