梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅲ・お母さん大好き、補聴器も大好き

【1歳頃から2歳頃まで】
 お子さんの「きこえの問題」が、「聞こうとしない」ではなく「普通のようには聞こえない」ということがはっきりしたら、補聴器をつける必要があります。しかし、「普通のようには聞こえない」といっても、それがどのような状態であるかは千差万別であり、補聴器をつければ「普通のように聞こえる」状態になるとはいいきれません。とりわけ、まだこの時期のお子さんでは「きこえの状態」を的確に把握することがむずかしいので、どのような補聴器をどのような状態にしてつければよいかは、専門家の指示に従うことが必要です。
 さて、補聴器の種類とボリュームの大きさや音質調整が決まったとします。イヤホンがはずれないように、お子さんの耳に合った耳形もできました。お母さんはどのようなことに気をつけて補聴器を身につけさせていけばよいでしょうか。
 まず第一に、「お母さん自身が補聴器についてよく知る」ことだと思います。特に、ボリュームを決められた大きさにして、いろいろな音を聞いてみることが大切です。補聴器をつけた時とつけない時ではどのように聞こえ方が変わるかを、お母さん自身の耳で確かめるのです。そして、わが子に適当だとされている音の大きさはこの程度だなのだということが、どんな時でもすぐに思い起こせるようにしておくのです。ボリュームの目盛りを決められたとおりにしておくだけでは、電池がなくなってきた時には適当な大きさではなくなってしまい、不十分です。お子さんに補聴器をつける時には、必ずその前にお母さんが自分の耳で確かめて、適当な大きさの音が出ているかを点検することが大切です。
 その二は、今、お母さんとお子さんの関係がどのような関係になっているかを冷静に見極めることが大切です。お母さんのことが大好きであり、お母さんの一挙一動を目を凝らして見つめ、何でもまねしてやろうと思っているお子さんであれば、補聴器をつけられる状態になっているといえましょう。落ち着きがなくいつも部屋の中をかけ回っている、お母さんに抱っこされると弓のように反りかえりバタバタあばれる、表情が乏しく視線が合わない、指をさして教えることがない、などといった状態のお子さんの場合には、まだ補聴器をつけて「音を聞く」だけのゆとりがなく、あまり効果が期待できません。
 その三は、無理に補聴器をつけようとしないことです。まずお母さん自身がおもしろそうにつけてみせることが大切です。そして、お子さんが「ぼく(わたし)もつけてみたい」という気持ちになるまで待つのです。大好きなお母さんがおもしろそうにつけているのを見て、お子さんがまねをしたくならないはずはありません。お子さんが不思議そうに見ています。でも、あせってはいけません。まだ早いのです。お母さんはもっともっと楽しそうに、声や音を出しながら、補聴器で遊ぶのです。
 その四、さあ、お子さんが近づいて来ました。チャンスです。補聴器をよく見せましょう。さわらせましょう。「決してこわくない」ということを十分に納得させることが大切です。お子さんはイヤホンをさわろうとするでしょうか。そして、自分の耳へ持っていこうとするでしょうか。お子さんを膝の上にすわらせましょう。そして静かにイヤホンを耳に入れるのです。静かに名前を呼んで下さい。どうですか。お子さんの表情を観察しましょう。音が聞こえたときは、必ず表情が変化します。何ともいえないほほえみ、キラッと光る目、そんな時は音が聞こえたのです。「そーお、聞こえたの!」とことばを投げかけながら一緒に喜んであげましょう。お母さんの声につられて、お子さんも声を出すでしょうか。その時は、補聴器のマイクをお子さんの口元に近づけてあげましょう。今、自分の声をはっきりと耳にすることができるようになったのです。
 その五、補聴器ははじめから長時間つける必要はありません。はじめは1分でも2分でもよいのです。大切なことは、補聴器をつけることと「楽しい」「おもしろい」という気持ちがしっかりと結びつくようにさせることです。補聴器をつけるためには胸バンドや耳型といったこれまでの衣服以外のものを身につけなければならず、そのことはまだこの時期のお子さんにとってはとてもわずらわしいことだと思われます。したがって「つけたくない」という気持ちの方が自然であり、それが長時間つけられるようになるのは、つけた方が「楽しく」「おもしろい」という気持ちが強まってくるからです。したがって、お子さんの気持ちのままに、はじめは1分、2分、5分、10分、20分というように(午前と午後などに分けて)、徐々に時間を延ばしていくことが大切です。
 その六、補聴器をつけていろいろな音を聞かせましょう。この時大切なことは、お母さんは「音を聞かせる」ことと同時に「音を聞いて反応する」ことを、お子さんに教えることです。お子さんはまだ音が聞こえてもどう反応してよいかわかりません。音がしたらニッコリする、音がしたら体をゆする、突然音がしたらびっくりする、大きな音がしたら顔をしかめて耳をふさぐ、音がした方を指さす等々。まずお母さんがやってみせるのです。そうしたことを繰り返しているうちに、お子さんの音に対する反応はより確かなものになっていき、今、音が聞こえたことをお母さんに知らせに来たりするようになるのです。