梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅱ・赤ちゃんと遊びましょう・Ⅱ

【3ヶ月頃から12ヶ月頃まで】
 この頃の赤ちゃんの活動で特徴的なことは、「物を取って渡す」ということです。したがって、赤ちゃんと二人で物をあげたりもらったりする遊びをしながら、その中に適当な「声」や「ことば」を混ぜていき、相手のすることや言うことを、情報として受けとめていこうとする気持ちを育てていくことが大切です。
 ここで重要なことは、「物をやりとり」するということは、「ことばをやりとり」することと、気持ちのうえでは全く同じであり、「物をやりとり」する気持ちが、将来「ことばをやりとり」するための基礎になるということです。物を受け取るということは、相手からの働きかけに応じることであり、相手のことばを「聞く」という活動も、相手からの働きかけに応じることで共通しています。
 さて、赤ちゃんがテーブルの上にあるライターを手にしてお母さんにわたそうとしました。お母さんは「何をおいても」そのライターをもらう必要があります。にっこりして、「どうもありがとう」とお礼を言いましょう。赤ちゃんの頭をなでながら、おじぎをしてみせることも必要です。すると、赤ちゃんはテーブルの上にあるものを手当たり次第にお母さんにわたしはじめるかもしれません。それでいいのです。お母さんは、そのたびににっこりして、「どうもありがとう」と繰り返すのです。そのことを通して、赤ちゃんは「物をわたす」ことの喜び(充実感)を味わうと同時に、「物を受け取る」ときの「受け取り方」「もらい方」(作法)を学ぶことができるでしょう。
 こんどは、お母さんがわたす番です。「ハイ、ライターよ」「ハイ、みかんよ」「ハイ、えんぴつよ」。しかし、これは「ことば」を教えているわけではありません。赤ちゃんに、「物を受け取る」気持ちを育てているのです。赤ちゃんはお母さんと同じように「何をおいても」受け取ってくれるでしょうか。にっこりして声を出してくれるでしょうか。おじぎをしてくれるでしょうか。もしそうしてくれなかったとしても、無理矢理そうさせようとすることは避けなければなりません。赤ちゃんにはまだ気持ちの「ゆとり」がないのです。自分のことでせいいっぱい、人の働きかけに応じるゆとりがないのです。 
 テーブルの上に、赤ちゃんの知っている大好きな物を三つならべましょう。そしてその一つを指さしながら、「これちょうだい」と言って、お母さんの手のひらを重ねてみるのです。どうですか。赤ちゃんはそれを取ってお母さんの手にのせてくれたでしょうか。のせてくれたら大成功です。「どうもありがとう。これはみかんね。ママ,、みかん大好き」と言って、赤ちゃんの頭をなでてあげましょう。次は、お母さんがあげる番です。「○○ちゃん、どれがほしいの?」と言って、赤ちゃんの目をみつめましょう。三つの物を指さしながら「どれがいい?」と問いかけてみましょう。もし、赤ちゃんの中に「人と物のやりとり」をする気持ちが育っていれば、そうするだけで(「どれがいい?」という、ことばの意味がわからなくても)どれか一つを指さして「これがほしい」というそぶりをみせるでしょう。もし、赤ちゃんがとまどってしまうか、むこうへ行ってしまう場合には、まだそうした気持ちが育っていないのです。
 もう一度、テーブルの上に赤ちゃんのよく知っている大好きな物を三つ並べましょう。今度は指をささないで、ことばだけで言うのです。「ワンワンをちょうだい」。でも赤ちゃんは犬のぬいぐるみではなく、みかんをくれました。さあ、どうすれないいでしょう。それは、その時の赤ちゃんの状態によって違います。「アレ?ワンワンがほしいのよ、ワンワンよ」といってそれを受け取らなかったときの、赤ちゃんの反応を前もって考えたとき、そうすることによって怒り出すか、全く興味を失ってしまうようなことが予想される時は、「ハイ、どうもありがとう」と言って、にっこりと受け取るべきなのです。まだ、お母さんのことばを聞き分けるゆとりがないので、的確に応じることができなかったにしても、「応じよう」としたことは「たしか」なのですから。その気持ちを大切にしてあげなければなりません。むしろ。お母さん自身が鏡に向かって、自分の「口の開き方」を観察する必要があります。「ワンワン」と「ミカン」、明らかに違って見えるような話し方をしているでしょうか。
 赤ちゃんとお母さん、部屋の両隅に向かい合ってすわり、キャッチボールをしましょう。大きなボールを相手に向かってゆっくりと「ころがし合う」のです。「ころがす」「受け取る」「ころがす」「受け取る」「ころがす」「受け取る」、その繰り返しが何回続くでしょうか。赤ちゃんは、ころがす時、お母さんの顔を一瞬見てから、ころがすでしょうか。「イクワヨー」とお母さんが呼びかけたとき、赤ちゃんは「イイヨー」と受け取る態勢をととのえようとするでしょうか。