梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅱ・「まね」と「おいた」

【3ヶ月頃から12ヶ月頃まで】
 赤ちゃんがスヤスヤと眠っています。そんな時、赤ちゃんの身の回りに並べられたおもちゃの数々をながめてみて下さい。そのひとつひとつのおもちゃを見ているだけで、お母さんの脳裏にはさまざまな赤ちゃんの情景が浮かんでくることでしょう。そう言えば、最近、赤ちゃんがあまりそれらのおもちゃで遊ぼうとしなくなったような気がしませんか。どちらかというと、何の変哲もない湯飲み茶わんのふたとか、お母さんのくしや口紅、財布などをいじっているようなことが多くありませんか。もしそうだとしたら、それは赤ちゃんにとって大変な進歩なのです。
 つまり、与えられた自分向きのおもちゃよりも、お母さんが毎日ひんぱんに使いこなしている品物の方に魅力を感じはじめてきたのです。その背後には、「お母さんに対する愛着と憧れ」という気持ちが秘められています。「大好きなお母さんの持ち物をボク(ワタシ)も触ってみたい」。それは、周囲にあるさまざまな事物の中から、お母さん(人間)に関する物に特別な関心をもちはじめたことになり、気持ちのうえで一歩「人間の生活」(文化)に近づいた証拠なのです。「学ぶ」ということばの語源は「まねをする」ことだといわれていますが、今、赤ちゃんはその「まねをすべき」対象を、他の事物から区別して選択することができるようになってきたのです。これは素晴らしいことです。まさに「学ぶ」ことの第一歩といえましょう。
 この頃の赤ちゃんをよく観察すると、お母さんのしぐさや動作を「じっと目を凝らして見つめている」ことがあります。また、「ニギニギ」「オツムテンテン」などの簡単な動作のまねもできるようになります。その「まね」こそが、幼児期全体を通しての「学ぶ」ことの基礎になるのです。
 赤ちゃんは今、どんなまねができますか。かぞえてみて下さい。まねの種類と範囲が多ければ多いほど、赤ちゃんの「学ぶ」ことは確実なものになっていくのです。
 では、どのようにまねの種類と範囲をふやせばよいのでしょうか。また、その時に気をつけなければならないことはどんなことでしょうか。
 まず第一に大切なことは、「お母さんが赤ちゃんのまねをすることからはじめなければならない」ということです。事実、どのお母さんもそうしているはずです。赤ちゃんが手を振りまわした拍子にテーブルにぶつかり、音が出ました。お母さんもテーブルをたたきます。それを見た赤ちゃんがおもしろがって、また、たたきます。こんな情景はどこでも見られるでしょう。赤ちゃんが声を出しています。「バババババー」。お母さんがまねをします。「バババババー」。赤ちゃんが、また、そのまねをします。「バババババー」。こんな繰り返しがいつまでも続いて、お母さんの方がくたびれてしまうこともあるでしょう。このように、赤ちゃんにまねをさせようとするのではなく、まずお母さんが「まねをする」ことによって、自然に、「結果として」赤ちゃんが「まねをしてしまう」ような方法がよいのです。そのためには、すでに書いてきたような「赤ちゃんとお母さんの楽しいやりとり」が基盤となって、「お母さんを心待ちにしている」ような赤ちゃんの気持ちが前提となっていることはいうまでもありません。
 次に大切なことは、赤ちゃんが今やろうとしていること、できることをよく調べておき、その範囲内でまねをするようにしむける、ということです。近所の赤ちゃんができるからといって、今、それができるとはかぎりません。赤ちゃんにとって、できないことをまねさせられることは、プラスにはなりません。むしろ「まねをすること」そのものに興味をうしなってしまうおそれがあります。
 また、いつまでたっても、まねの種類と範囲が拡がらない、同じことばかりやっている、といって心配になるお母さんがいるかもしれません。しかし、そのことをどれくらいやればよいかは、赤ちゃんが決めることなのです。まだ、そのことを続けている限り、赤ちゃんにとっては意味のあることなのであり、「学ぶ」に価することなのです。同じことばかりやっているのは、赤ちゃんにとってまだそのことが十分に満足できないでいるからです。
お母さんの心配が、それに一層拍車をかけて中途半端な満足感しか与えていないため、同じことばかりしかやろうとしない例が、意外に多いのです。
 何でもお母さんのやることをまねしようとして失敗する、それを私たちは「いたずら」とか「粗相」とかいいます。しかし、そのことで赤ちゃんは「学んで」いるのです。お母さんの知らないうちに、大事な家具にクレヨンでなぐり書きをしてしまった、本当にいたずらで困ります、などという話はよく聞きます。しかし、「四つになるのにまだお絵かきができないのよ」という心配よりは、どれだけ素晴らしいかわかりません。
 赤ちゃんの「いたずら」を禁止してはいけません。危険な思いや財産の損失は、お母さんのちょっとした「心づかい」で十分に防げるはずだからです。