梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅱ・お母さんはどうやって赤ちゃんを泣きやませますか?


【3ヶ月頃から12ヶ月頃まで】
 赤ちゃんが泣いています。赤ちゃんは今、お母さんを呼んでいるのです。さあ、あなたはどうしますか。時と場合によるかもしれません。しかしそれがどんな時であっても、赤ちゃんが「来てほしい」と思っていることにかわりないのです。その気持ちにどうやって応えるかが問題です。一番まずい応え方は、母さんがひとりで「もう少しまっててね」と思って(沈黙したまま)「しばらくそのままにしておく」という応え方です。それは結果として「無視」することであって、お母さんが心の中でどれだけ赤ちゃんのことを大切に思っていたとしても、赤ちゃんに通じることにはならないからです。「しばらくそのままにしておく」と、赤ちゃんはますます激しく泣くことになるか、反対に疲れて泣きやんでしまったりします。もし泣きやんでくれれば、とても都合がよいでしょう。しかしそれは、あくまでお母さんにとっての都合なのであって、赤ちゃんにとっては極めて都合の悪いことになるのです。なぜなら、赤ちゃんは決してお母さんの目の回るような忙しさを察して泣きやんでくれたわけではないからです。赤ちゃんは泣くことに疲れてしまったのです。「お母さんに来てほしい」という気持ちは満たされないままで、もう泣き続けることができなくなってしまったのです。その結果がどうなるかはもうおわかりでしょう。赤ちゃんは「泣く」ということが無駄であることを学びます。自分から他に働きかけても、何の見返りもないことを学びます。そればかりか、お母さんに対する「不信感」さえ抱くようになるかもしれません。そして今の「不安定」な気持ちを、お母さんに来てもらって脱出しようとするのではなく、全く別の手段によってまぎらわすことを学ぶようになります。そして、自分の気持ちを表情や動作であらわすことをしなくなり、いつも無表情で、一見とても「がまん強い」赤ちゃんになっていくのです。こうした傾向は、赤ちゃんの成長発達にとって極めて都合の悪いことです。赤ちゃんはつねに周囲の人(主としてお母さん)とのかかわりの中ではじめてさまざまなことを学びとっていくことができるのに、みずからその「かかわり」を避けてしまうことになるからです。
 赤ちゃんはつねに「わがまま」です。赤ちゃんを育てるということは、赤ちゃんの「わがまま」のために周囲の人(主として両親)が全面的な犠牲を強いられることだ、といっても過言ではありません。赤ちゃんが生まれたことによって、両親の家庭生活は一変します。しかし、そのことをさけるわけにはいかないのです。
 赤ちゃんが泣いています。今、お母さんが何をしているか、周囲がどんな状態か、などということは全くおかまいなしに泣いています。どうすればよいでしょう。まず第一に考えなければならないことは、お母さんの都合、周囲の状況などは二の次にして、赤ちゃんの「来てほしい」という気持ちを尊重することです。「どうしたの、今行きますよ。待っててね」、お母さんの声で泣きやんだとすれば、赤ちゃんの気持ちはひとまず満たされたことになります。【聴覚に障害のある赤ちゃんであっても、まず「声をかける」ことが大切です。はじめは見えないところから普通の大きさの声で、次に少し大きめの声で、次に見えるところへ行って、というように「声のかけ方」をいろいろ変えてみて、反応をみることが大切です。声をかけても泣きやんでくれません。その時は、何をおいてもまず赤ちゃんのそばへ行き、お母さんのにっこりした笑顔を見せる必要があります。「ホーラホラホラ、どうしたの。おむつがよごれたのかな。おなかがすいたのかな」、声をかけながら、どうして泣いているのか原因を調べなければなりません。思いあたることをやってみて、泣きやんでくれれば別に心配はありません。しかし、特別思いあたることがない時、抱っこすれば泣きやむのにもとの状態にもどすとすぐ泣はじめるとき、眠くて泣いていることはわかるけど、いつも抱っこされなければ眠らないようになってしまったらどうしようと考える時、お母さんは迷うでしょう。
 しかしどんな場合でも、赤ちゃんがお母さんに対して「そばにいてほしい」「何かしてほしい」と思っていることにかわりはないのです。そして、赤ちゃんの気持ちに全面的に応えてあげることが、赤ちゃんを育てるということの第一歩なのです。】
 赤ちゃんを抱っこしているお母さんは、自然に赤ちゃんのおしりを軽くたたいたり、ゆすったりしています。そうすると、赤ちゃんは本当に気持ちよさそうにうっとりとした顔をしています。そのことの中から赤ちゃんの気持ちの中に「お母さんは素晴らしい人だ」という信頼感や「ゆとり」が芽生えてくるのです。
 赤ちゃんが泣いています。お母さんはまず第一に、何をおいても赤ちゃんのそばへ行き、直接自分の手で、自分の体で、自分の声で赤ちゃんを「泣きやませる」ことを考えてください。たとえそうしたことが日に何十回あろうとも、です。(1977.1.10)