梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

乳幼児の育て方・Ⅰ・「抱っこ」がらくにできますか?

【誕生から3ヶ月頃まで】
 このころの赤ちゃんにとって、「抱っこ」をしてもらうことは、最大の喜びです。その喜びの中には、次の四つの喜びがふくまれているからです。
 第一は、お母さんの体の感触(ぬくもり)をじかに味わえる喜びです。もしかしたら、お母さんのおなかの中で聞いた心臓のリズミカルな快い響きを、もう一度感じることができるのかもしれません。(お母さんは、赤ちゃんを抱っこするとき、本能的に左の胸に赤ちゃんの頭部がくるようにするといわれています)。
 第二は、お母さんの「ぬくもり」に加えてオッパイを飲ませてもらえるかもしれないからです。それは空腹が満たされるという充足感だけでなく、お母さんの乳首を唇でなめたり、舌で吸ったりする感触もまた、大きな喜びでしょう。(ミルクよりも母乳を、という識者の意見も、人工の乳首ではそのような喜びを十分に与えることができないのではないか、という考えによるものと思われます)。
 第三の喜びは、「抱っこ」されることによって、体が垂直になり視野が開けるという喜びです。「ねんね」の状態では、天井しか見ることができません。しかし「抱っこ」してもらうと視線が水平になり、周囲にあるいろいろなものが目に入ってきます。家の中にはずいぶんいろいろなものがあるんだな、赤ちゃんはお母さんの「ぬくもり」を感じながら。好奇心を芽生えさせることができます。
 第四の喜びは、そのことによって、周囲にあるいろいろな品物の中で、とりわけ「人間の顔」をじっくり観察できる喜びです。その顔には、他の品物と違っていろいろと動き変化する、おもしろいものがついています。お母さんの輝くような目、大きくふくらむほっぺた、ほら穴のような口、白い歯、チョロチョロ動く舌、一日中見ていてもあきることはないでしょう。赤ちゃんは、このように「お母さんの顔をじっと見つめる」ことによって、他のいろいろな品物の中から「人間」を識別することができるようになり、「人間への関心」を高めていくのです。
 以上のように、「抱っこ」は赤ちゃんに、はかりしれない大きな喜びを与えてくれます。
 ところがです。赤ちゃんの中にはその「抱っこされること」が苦手な子がいます。そのひとつのタイプは、抱っこすると「まだ首がぐらぐらしてしまい安定しない」というタイプです。生後まもない赤ちゃんはみなそのような状態ですが、通常3~4ヶ月位たつと、いわゆる「首がすわり」安定するようになります。6ヶ月を過ぎてもまだ首がすわらないような場合には、赤ちゃん自身の発育が遅れがちになっていることが考えられます。出産時にトラブルがあったり、生後の発熱、消化不良などによって順調な発育が得られなかったのではないか。いずれにせよ、お医者さんに相談してみることが必要でしょう。
 次のタイプは、抱っこすると「手足をバタバタさせたり、体が弓のように反りかえってしまったりして、お母さんの体にぴったりくっつこうとしない」タイプです。とても「抱っこ」しにくく重たい感じのする赤ちゃんです。このような赤ちゃんは、何らかの理由で、お母さんの「ぬくもり」を喜びと感じることができずに、むしろ「こわい、痛いなど」(不快)と感じてしまっているようです。そして前に述べた「おとなしく手のかからない赤ちゃん」「泣くことの少ない赤ちゃん」「一度泣き出したらなかなか泣きやもうとしない赤ちゃん」「いつも知らん顔をしている赤ちゃん」「笑わない赤ちゃん」などが、そのタイプになることが多いようです。
 このような場合には、むりやり「抱っこ」することはひとまず避け、どうすればお母さんの「ぬくもり」を快いと感じとってくれるようになるか、いろいろと研究してみる必要があるようです。通常、赤ちゃんは生後まもないころの「不安定」な状態を、「泣く」ことによってお母さんの「世話」(保護)を獲得し、そのことによって得られる「安心感」がお母さんに対する「愛着心」を生み、お母さんの「ぬくもり」を快いと感じとることができるようになります。しかし、生後まもないころの「不安定」な状態から脱出しようとしても、うまくお母さんの「世話」(保護)が獲得できなかったような場合(その原因が赤ちゃん自身にある場合もあり、お母さんの育て方にある場合もあります)には、その「不安定」な状態に「じっと耐える」ことしかできず、そのためつねに「不安」な気持ちが先行してしまっていることが考えられます。
 赤ちゃんの「不安」な気持ちを解消してあげることは、いつでも必要なことであり、遅すぎるということはありません。ベッドに寝かせたまま、軽く体を撫でてあげたり、ほおずりをしたり、いろいろ試しながら、赤ちゃんの顔が「うっとりとした夢見心地」の表情になるまで、がんばって下さい。