梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇団素描「伍代孝雄劇団」(座長・伍代孝雄)

【伍代孝雄劇団】(座長・伍代孝雄)<平成20年1月公演・大阪浪速クラブ>
中高年女性に人気のある大規模劇団、役者の数が多く、1回見ただけでは芸名・顔を覚えられなかった。座長の他、一人だけ記銘できたのは伍代瑞穂、「三枚目」を達者に演じた中堅だったと思う。「芝居」の筋書は、間違いを犯して旅に出た兄弟分二人、今は、兄貴の家を身重の女房が独りで守っている。その女房を狙って敵一家の子分(伍代瑞穂)が侵入する。あわや手込めにされそうになったとき、弟分が帰宅、危機一髪で子分を追い返す。女房は安堵、亭主(兄貴)の消息を尋ねると、「二人で道中の途、ある一家との諍いに巻き込まれ、崖から落ちて死んでしまった」という。形見の煙草入れを渡されて夫の死を納得、絶望する女房。「それでは、これでごめんなすって」と立ち去ろうとする弟分を呼び止め、「これからどこへ行くんだい?」「へえ、故郷に帰って百姓になりやす」「そうかい、それじゃあ、この私も連れて行っておくんなさい」「そんなことはできねえ」「あたしのおなかには、あの人の『やや』がいるんだ」「そうでしたか・・・。わかりました。姐さんが身二つになるまで、面倒みさせていただきやす」立ち去った二人の後に、登場する敵一家の子分。「そうか、この家は空き家になった。おれの住み家にするとしようぜ」図々しく寝込んだ所へ兄貴分(座長・伍代孝雄)が帰宅した。子分を叩き起こし「おめえ、何やっているんだ、おれの家に勝手に入り込んで!」と一喝する。子分、鼻でせせら笑いながらいわく「おめえさん、何にも知らねえ。さっき弟分が来て、おめえさんが死んだと言ったら、女房も女房だ、あたしを連れてってと頼みやがった。二人なかよく手に手を取って、ずらかったぜ!」「なに!?、それじゃあ、あの野郎、『間男』しやがったっていうのか」。激高した兄貴分、子分を斬り捨て、二人の後を追いかける。1年後のことだろうか。ある田舎やくざの親分(伍代一馬?)、身内になる子分を募集中。半年前からこの土地に流れ着き、百姓仕事を細々と手伝っている親子三人連れに目がとまった。「あの男、身のこなしといい、目の使い方といい、ただの百姓とは思えない。あいつを身内に引き込もう」、その話をつけに行くのは他人(旅鴉)がいい、そうだ、今、一家にわらじを脱いでいる旅鴉(実は兄貴分)にやらせよう、話がまとまり、親子三人が住んでいる小屋に赴く旅鴉、戸口を開け声をかけようとした時、中から聞こえる話し声、「おまえさん、お茶が入りましたよ。今日も一日中働きづめで、さぞお疲れでしょう。ゆっくりして下さい」、その声は、誰あろう、間男して遁走した恋女房のものであった。驚愕し、それでもはやる気持ちを落ち着けて、聞いていると、「おまえさん、坊やの顔を見て。あの人そっくり!」「そうだなあ、兄貴そっくりだ」「あたしは、おまえさんに本当に感謝しています。とてもあたし一人では、あの人の子をここまで育てられなかった。あなたが助けてくれたからこそ・・・」「とんでもねえ。お世話になった兄貴への恩返し、きっと堅気に育ててみせますよ」。旅鴉のいきりたった肩の力が少しずつ抜け、次第に首をおとし、瞑目して涙をこらえる様子を、座長・伍代孝雄は、ほとんど「後ろ姿」だけで演じ切ったように思う。間男成敗などと「世迷い言」を吐いた自分を恥じ、「親子名乗り」もしないまま旅立とうとする鴉一匹、後を追いかける「鳥追い女」に「付いてくるなら勝手にしやがれ」と言い放ち、颯爽と退場する座長、今日もまた、大衆演劇の「至芸」を鑑賞できたことを幸せに思う。
 このような芝居小屋(浪速クラブ)で演じられる舞踊ショーは、舞台に立つだけで「絵」になってしまう。とりわけ、芝居で「三枚目」を演じた伍代瑞穂の女形舞踊は光っていた。
(2008.1.20)