梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「新型コロナウィルス」についての《半信半疑》(3)

 京都大学名誉教授・川村孝氏は、山中伸弥氏が紹介した論文「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する諸問題 2020.5.15(6.6増補)」の中で以下のように述べている。


《今の新型コロナウイルス感染症に対する日本あるいは世界の対策は(間違ってはいるわけではないが)本筋を少し外しているように感じられます。》


その《本筋を少し外している》点を列挙すると、以下のようになるだろう。


⑴ 《日本では、感染者数も死亡者数も欧米に比べて少なく、施策がうまくいっているためだとか日本人の生真面目さやマスク文化によるものだという意見も出ていますが、このような穏やかな流行は日本に限らず韓国や台湾、中国も共通です。アジアとヨーロッパでは流行しているウイルスのタイプが異なるとの報告があります。コウモリからヒトの世界に入ってきた時のウイルスは「A型」ですが、これはアジア人には浸透できなかったようで、武漢をはじめアジアで流行しているのはA型から変異した「B型」、ヨーロッパで流行したのはさらに変異した「C型」です。アメリカはA型とC型の 両方と言われています。流行状況や致死率の差異は、このウイルスの型の違いでほとんど説明で きそうです。ただし、今後C型が日本で拡がる可能性も否定できませんので、安心はできません。》


⑵ 《予防対策の本質 必要な衛生行動は次ページの2×2表(人と物への接し方)がすべてです。移動や営業の自粛 はそのための方便に過ぎません。しかし世の中は本末転倒になっているように思われます。表に記載した予防策が徹底されれば、移動や営業、集会や娯楽は禁じられるべきではありません。 また、標語として面白い「3密」ばかりが強調され、「物を介した感染fomite transmission」に対する注意がおろそかになっているように感じられます。》


*【2×2表(人と物への接し方)】
〇一次予防(未然防止)
《人》・常にマスクを着用 マスクをした人からは1m離れる マスクをしていない人とは2m離れる 近接時は隔壁を設置またはフェイスシールドを着用 (Mask and Distance)
《物》・人が触った物には触らない (Non-contact)
〇二次予防(早期対応)
《人》・手と顔を石鹸・洗剤で洗浄 またはアルコールで消毒 (Washing/Sterilization)
《物》・人が触った物は洗浄・消毒 または熱風・アイロンで滅菌 (Washing/Sterilization)


⑶《本邦で新型コロナウイルス感染症の発端となったクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号では、床や机の上、電話機、TVリモコンなどからウイルスの遺伝子が検出されるものの空中からは検出されず、物が媒介したことが示唆されます。したがって、自宅に籠もっていても食料品の買い出しや宅配物・回覧板で感染する可能性があります。人であれ物であれ、ウイルスの除去には洗浄が第一ですが、物を消毒・滅菌するには、アルコールのほか、加熱(熱風やアイロン掛け)も有用です。(そのほか、次亜塩素酸ナトリウムや次亜塩素酸水[酸性電解水]もありますが、取り扱いに注意が必要です。) 反対に換気は強調されすぎのように思います。感染の主体は病原体を含む飛沫への接触で、 マスクが当たり前の状況では飛沫を直接浴びることは少なく、エアロゾル(微小飛沫)はくしゃみや 強い咳の時にマスクの上端(鼻翼周囲)から漏れるので感染源となる懸念がありますが、粒子径が 10分の1になると体積は1000分の1になり、含有するウイルス量も相応に減ります。エアロゾル状態 の方が感染はしやすいようですが、ウイルス量の違いを凌駕するほどではありません。またエア ロゾルは物理的に慣性に対する粘性が大きいので遠方へは飛ばず、顔の周りを漂います。このとき換気によって空気が動くとエアロゾルも一緒に動き、2メートル以上離れていても漂う病原体に曝露する可能性があります。大きい飛沫はすぐに落下するのでもともと換気の効果はなく、エアロゾルを除去するために換気を行うのであれば、空気を天井か床から抜くか、人のいないときに行うべ きでしょう。また、換気扇だけ設置して反対側に空気の取り入れ口のない部屋も見かけるので、合理的な換気構造にする必要があります。》


⑷ 遺伝子(PCR)検査 本邦でのPCRを用いたウイルス遺伝子検査の少なさが問題になっていますが、それは①検査の性能指標である感度が70%と十分に高くない(偽陰性が30%ある)こと、②有病率が低い状況 下では必然的に偽陽性者が多数出ること――による混乱を防ぐためです。 また、検査を行って人から採取した検体からウイルス遺伝子が見つかったとしても、その人が感 染している、あるいは感染源となるとは限りません。検査は主に喀痰か鼻腔・咽頭のぬぐい液で す。ウイルスは受容体にくっついてまもなく細胞内に入り、その時に初めて感染が成立します。検査で採取できるのは、①口腔・咽頭腔に入って遊離しているウイルスか、②細胞内で増幅後に細胞外に放出されたウイルスか、③炎症により崩壊した細胞から流出したかウイルスか、のいずれかです。①であれば本人は感染してはいませんが他者の感染源になり、②であれば本人は感染していて他者の感染源にもなり、③であれば本人は感染していましたが残骸なので他者への感染力はありません。 発症後6日もすれば、免疫細胞や抗体の作用で感染力はなくなります。遺伝子検査というと 絶対的と思われるかもしれませんが、①検出力に限界があること、②「検査陽性」と「感染」は同じではないこと、そして③検査陽性であっても感染力がある場合とない場合があること――は知って おかなくてはなりません。 新型ウイルス感染症とインフルエンザその他の在来感染症との鑑別は容易ではありませんし、 検査も受けられるかどうかわかりませんので、検査の有無にかかわらず、出勤や登校の取り扱いは統一しておいた方がよいでしょう。すなわち、発熱や呼吸器症状を伴う病態では、①発症から1週間が経過しており、②症状が消失しており、③体力が回復している――という3条件を満たせば 出勤・登校してよい、という基準です。①は感染性の消失、②は炎症の完了、③は活動性の確保を意味し、本人および周囲の人への健康配慮に基づくものです。》


⑸《新型コロナウイルス感染症の初発例が報告されてまだ半年。わからないことがたくさんありま す。また、“専門家”は狭い領域の専門家であることが多く、生物学的なメカニズムから国としての 施策の立て方まですべてに精通することはなかなか容易ではありません。また、「何をするとよいのか」も、感染の防止効果、経済活動の維持、心理的影響、コストなど考慮すべきことは多く、また それぞれが確率論的・相対的な問題なので、唯一・絶対的な正解があるわけではありません。したがって観察された事実を速やかに共有するとともに、多くの専門家が意見を出し合い、それを集約して“よりましな施策(合意形成)”に結びつけていくことが重要です。》


 以上を要約すると、
①アジアとヨーロッパで流行しているウィルスの型が違う。日本はB型だが、ヨーロッパはC型、アメリカはA型とC型だ。日本の「第二波」がC型になるおそれはある。
②予防対策が的外れになっている。「3密」よりも《接触感染》《飛沫感染》の防止に重点をおくべきだ。
③換気が強調されすぎている。
④PCR検査は絶対ではない。出勤や登校の基準を統一した方がよい。《発症から1週間が経過しており、症状が消失しており、体力が回復している》
⑤“専門家”がすべてに精通しているわけではない。事実を速やかに共有して、多くの専門家が意見を出し合い、“よりましな施策”に結びつけていくことが重要だ。
 ということになる。


 ここまでが政府、専門家会議と「ほぼ軌を一にする」見解、その一の群の概略である。
(つづく)
(2020.6.16)