梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

脱テレビ宣言・検証・《絶叫アナウンサー》

 テレビのスポーツ実況番組では,ほとんどのアナウンサーが絶叫している。大昔,NHKのアナウンサーが「前畑,ガンバレ」と絶叫したのが始まりのようだが,それはラジオの実況放送であった。テレビの絶叫では,古館伊知郎のプロレス中継がそのはしりといえようか。いずれにせよ,ワンパターンの絶叫は,アナウンサーの無能力をさらけ出すだけだ。競技場の雰囲気,沿道の様子,情景などは「見ればわかる」のである。最近では,アナウンサーもそれに気づいたと見え,選手の身辺情話を盛り込んで絶叫している。なるほど,身辺情話は見てもわからない。でも,アナウンサーの方々よ,身辺情話を絶叫すると浪花節になってしまうことを御存じか。古館は自分を「現代の語り部」「名司会者」などと勘違いしているようだが,ためしにCDにでも録音して売り出してみるがいい。そして,三門博,広沢菊春,広沢瓢右衛門などの浪曲と聞き比べてみるがいい。
 視聴者は,テレビでスポーツを「見たい」のである。加えて,競技場の雰囲気,沿道の様子,情景の音声も「聞きたい」のである。アナウンサーの方々よ,あなたの絶叫が,そのような視聴者の願いを,ことごとく蹴散らかしていることを御存じか。
 しかし,情報化社会の現在,このような声が関係者の耳に届いていないはずはない。だとすれば,アナウンサーはそのような声があることを百も承知で絶叫していることになる。マイクを握っているのは視聴者ではない。視聴者がテレビの前で「やかましい,黙っていろ」と絶叫してみたところで,所詮,相手に届くわけではない。視聴者は,やむなく音声を消して,沈黙の画面を見るだけとなる。
 問題は,だれがアナウンサーを絶叫させているかということだ。ほとんどのアナウンサーが絶叫しているところを見ると,彼らの独断とは思えない。関係者からの職務命令でもあるのだろうか。質問しても答はわかっている。「そのような命令は出しておりません。ただ,アメリカのスポーツ報道では,定法となっております。」
(2004.1,9)