梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

父のレコード・3・「サーカスの唄」

 「サーカスの唄」の作詞は西條八十である。松平晃は冒頭の一節を「旅のつばくら 寂しかないか オレも寂しいサーカス暮らし」と歌っていた。「つばくら」とはツバメのことだが、ツバメは「つばくろ」という人の方が多い。どちらでもよいということだが、松平があえて少数派を選んだのはなぜだろうか。父もそのことをしきりに訝しがっていた。ちなみに後世の歌手が「サーカスの唄」を歌うときは、誰もが「つばくろ」である。この歌の二番は「あの娘住む町 恋しい町を 遠く離れて テントで暮らしゃ・・・」と続くが、実を言えばその前に別の一節があった。曰く「昨日市場で ちょいと見た娘 色は色白すんなりごしよ 鞭の振りよで 獅子さえなびくに 可愛いあの娘は うす情」。この文言はさすがに《(「すんなりごし」は)おだやかではない》と自主規制されたためかどうかは不明だが、オリジナル原盤でも割愛されていた。私は、それを『歌い継がれる名曲・ステレオ版 心に残る流行歌大全集』というCDの中(DISC.5)で、大川栄策が歌うのを聞いて知ったのである。大川は「獅子さえなびく 可愛いあの娘は うす情」と歌っているので、てっきり娘は「団員のライオン使い」かと勘違いしていたが、よく考えれば、そんな(団員の)娘が町に住むわけがない。「ライオン使い」はオレであり、ライオンさえオレの言うことを聞くのに、あの娘は振り向きもしないと嘆いているのだ。
 この歌は、昭和8年、ドイツの曲馬団ハーゲンベックが東京芝浦の博覧会で公演したことにちなんで作られたという。その頃、父は28歳。もう満州に渡っていたのだろうか。
(2019.3.28)