梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

大衆演劇・劇場界隈・鬼東沼レジャーセンター(栃木県真岡市)

【鬼東沼レジャーセンター】(栃木県真岡市)・公演「南劇団」
 JR宇都宮線・石橋駅からタクシーで20分、鬼怒川の畔に設けられた劇場である。今から30年前に建てられたが、そのたたずまいは当時のまま、入口のアーケードは看板が剥がれ落ち、「廃業寸前」という様相を呈している。ところが、どっこい、それは外観だけで、ひとたび劇場内に一歩を踏み入れると、昔懐かしい「大衆演劇」の風情があたり一杯に漂っているのだ。小屋主の話では、「めでたく30周年を迎えるので、お祝いのタオルをどうぞ。ウチのお客さんは、ほとんどが地域の老人クラブ、新聞に折り込み広告を入れるだけで、申し込みは後を絶たない。一つも申し込みがない日は、公演は中止とするので、何も心配はいらない。ワゴン車4台で客の送迎をしているが、すべて団体客。一般のお客さんはタクシーでかけつける。駅からずいぶん遠いけど、まあ、しょうがない」と屈託がない。石橋駅から乗ったタクシー運転手の話も面白かった。「時々、芝居見物のお客さんを乗せますよ。交通案内では、タクシーで10分とありますが、20分はかかります。乗ってるお客さんが途中から不安になり、鬼怒川の土手を走り出すと、本当にこんなところに芝居小屋があるんですか?、と尋ねられます。こんなところまでよくやってくると思いますよ。本当に芝居が好きなんですねえ。私なんか、その気持ちが全くわからない。この前も、芝居に行くお婆さんを乗せました。そのお婆さんが言うんです。『座長は嘘つきで困っちゃう。駅まで来てくれれば迎えに行きます、と言うから電話したんだけど、今、忙しいからタクシーで来てくれだって、本当に調子いいんだから・・・。何度こんな目にあわされたかしれない。』と言って、私に一万円の札束を見せるんです。百万はあるということでした。『そんな大金どうするんですか?』と尋ねると、座長にたのまれて、劇団員にプレゼントするんだそうです。あいた口がふさがりませんでしたよ。とても正気の沙汰とは思えない・・・」思わず、アハハと笑ってしまったが、私自身もその運転手に笑われているようで、何とも複雑な心境ではあった。
 公演は「南劇団」(座長・南竜花)。この劇団は、宮城・青根温泉「流辿」という劇場で見聞済み。父(南リュウホウ)、母(南サヤカ)、長男(南龍弥)、長女(南竜花)、次女(寿純 )らを中心とした「家族劇団」とでもいえようか。芝居の外題は「花かんざし」、大衆演劇の定番である。出来栄えは「水準並み」、主人公の南リュウホウは相変わらず芸達者、客との呼吸をはかりながら、舞台を盛り上げる実力は「お見事」、座長・南竜花の「眼医者役」も三枚目ながら「上品このうえなく」、父の「柄の悪さ」とは対照的で、メリハリのある景色を作り出していた。舞踊ショーの、南リュウホウ「花と竜」は美空ひばり版(村田英雄版が多い中で)、思わず「待ってました!」と叫びたくなる風情で、遠路はるばる訪ねた甲斐があった、というものである。
(2009.1.10)