梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

父のレコード・1・「さのさ節」

 父が遺した本箱の上4段までは書籍が並んでおり、最下段(観音開き)には古いレコードが収納されている。最も古い物は満州から持ち帰ったSPレコード(端唄「さのさ節」「鬢ほつ」東京・小花)であろうか。他にも、長唄「菖蒲浴衣」「新曲浦島」「越後獅子」「時雨西行」、清元「十六夜清心」、新内「膝栗毛赤坂並木の段」、歌舞伎「盛綱陣屋」「仮名手本忠臣蔵」「三人吉三」「直侍」「勧進帳」などのSPレコードがあった。いずれも、私が小学生時代にさんざん聞かされたレコードである。聞かされるだけではなく、時には「あれ、いつの間に、一つ星」(「新曲浦島」)などと唄わされたこともある。父の十八番は「さのさ節」、友人M氏夫人の三味線に乗せて「ひざまくら、おとす涙に、ふと目を覚まし、そちゃ、また泣くかよ、泣きはせぬ、苦労し甲斐のあるように、必ず、見捨ててくださるな」、長唄では「これは畏き君が代に、わりなき仲の一節を」(「喜三の庭」)」が定番であった。
 戦後、父が(浅草の)古レコード店から買い求めたSPレコードもあった。「東京行進曲」「紅屋の娘」(佐藤千夜子)、「女給の唄」(羽衣歌子、藤本二三吉)、「唐人お吉の唄」(佐藤千夜子)、「唐人お吉小唄」藤本二三吉)、いずれも戦前に製作された実物である。加えて「父よあなたは強かった」(伊藤久男、二葉あき子、霧島昇、松原操)、「仰げ軍功」(霧島昇、二葉あき子)、「ああ我が戦友」(近衛八郎)、「国境ぶし」(新橋みどり)などという軍国歌謡もある。おそらく佐藤千夜子、羽衣歌子、藤本二三吉は青春時代、軍国歌謡は満州時代を懐かしんだものだろう。 
(2019.3.26)