梨野礫・著作集

古稀を過ぎた老人が、これまでに綴った拙い文章の数々です。お読み捨てください。

「自閉症 治癒への道」解読・7・《第3章 自閉的状態の分析・・・その方法と概念》

《第3章 自閉的状態の分析・・・その方法と概念》
◎要約
《葛藤行動のカテゴリー》
①抑制された志向動作:ひき起こされる行動全体のうちの冒頭の、始まりの部分。(例・カモメの「直立姿勢」、人間が(敵対者に対して)「拳を握りしめる」姿勢、「振り子運動」、テリトリーをもつ魚類のオスは、胸ビレは後進、尾は前進の動きをしており、同じ所に制止している等)
②変向行動:敵対的な出会いの場面で、一方あるいは両方が攻撃の動きを見せているのだが、そのほこさきが自分の敵ではないものに向けられている。(例・人間の「八つ当たり」や「自傷」、自閉症児は、他の人々とのやりとりをほとんどしないし、概して物的世界の探索もできないほど臆病なので、さまざまな形の行動を自分自身に向けて変向させる傾向が異常に強い。)【喚起された活動の一部が見られるもの】
③転位活動:系Aと系B間の動因の葛藤が系Cに属する動きを生じさせること。(例・ムクドリのオスはテリトリーに関して脅しをかけている時に自分の羽毛を整えることがある。草食哺乳動物のオスは序列争いの場面に直面すると前足で土をひっかく。人間も「神経的な緊張」の結果として過度の食物摂取を示すことがある。肌、髪を整える、耳の後をかく、あごひげ・あごを撫でる、爪をかむ。まごついた時にあくびをする。兵士が白兵戦に加わらなければならないような場面では、眠ってしまう。)【機能も動因もまったく異なる動きがなされる】
・動因の葛藤状態で生み出される動きは「自律」神経系の活性化に起因するものであることが非常に多い。(顔が赤らむ、熱くなったり寒くなったりする、汗をかく、毛が逆立つ、震える、むずむずする等)
・逃走が最大限に活性化されながら、それが阻まれるような非常に激しい葛藤の場合、「プロテウス」行動(発作と呼ばれる)がひき起こされる場合がある。(人間の場合は、「かんしゃく」「発作」)
《動因葛藤の型》
・動物には、「攻撃」(摂食・探索)のために「接近」しながらも、(ためらいながら)自分の身を守るために「回避」(ひきこもり)の準備をしている。この、ためらいながらの接近の下にある葛藤は「接近ー回避」葛藤の第三の型である。
《子どもにおける接近の型》
・人間の乳児の場合も、這って積極的に接近する能力を獲得すると同時に、それを注意深く行い、どんなものでも新しい物に対しては警戒する傾向が現れてくる。
・子どもは、母親あるいは保護者の存在によってもたらされる「安全の傘」の下に自分が守られていると感ずる時、最も大胆に冒険する。
・過度の心配から子どもを自分のそばにばかりとどめておくようなことをしないで、うまく監督するという技術には、母親によって大きな差がある。
・過度に臆病な子どもは、学ぶべきことの多いたくさんの冒険から自分自身を切り離してしまうが、過度に大胆な子どもは事故に遭いやすく「崖から転落」するようなことになる。・探索行動の、この「綱渡り」的な性格は、自閉症児が精神的知的発達において遅れる要因を理解する上で、決定的な重要性をもっている。
《自閉症児による探索》
・「自閉症児は探索をしない、新しい環境や物や人に対しては無視するか、完全にひきこもる」という考えは、全くの誤りであることを、故コリン・ハット博士が明らかにしている。(博士は、検査場面が終了した後も、その後のかなりの時間、観察を続けた)
・自閉症児は探索行動を、正常児に比べて「はるかに長い時間をかけて」行う。(警戒心が弱まるのがはるかにゆっくりだった)
・自閉症児と正常児との本質的な違いは「程度の差」であった。
・自閉症児がほとんど探索をしないのは、不安の弱まり方がたいへんゆっくりだということ、臆病さのために完全にブレーキがかかってしまっているということのためである。
《回避の型》
・卵を抱いている鳥は、卵全体を均等にあたためるために、卵をひっくり返すが、うずくまっている姿勢から立ち上がる時に「動因のもがき」が必要である。立ち上がるためにはある種の惰性にうち克たなければならない。鳥が立ち上がるまでには、たくさんの葛藤動作が行われる。この場合には「巣作り行動」である。
・人間の場合も同様に、回避そのものは含まれていない同類の葛藤がある。(訪問者がその家の主人にいとまごいをする場面、教授が学生と面接をしていた時、イライラして一方の足を激しく揺らしていた場面)
・他人との接触を嫌うこと(自分がばかなことをしてしまう恐れ)は、あまりあらわに目立つことはないが、一般的に見られる回避である。
《真性の接近ー回避葛藤》
・ケワタガモのメスによる「あご上げ」動作は「真の」接近ー回避葛藤である。
・その動作は、①えさの豊富な場所で、えさを食べていて、その場を離れたくない時、侵入者近づいた場合、②幼い子どもを連れたメスに侵入者が近づいて、逃げられなくなった時、③メスが自分の配偶者であるオスに、よそ者のオスを攻撃するよう「けしかけ」ている時、に見られたが、この出来事全体が一つの単位として、次の二つを含んだものの例になっている。①二つの動因をあらわす志向動作が連続的に示されること、②なんらかの接近傾向が逃走によって抑制を受けた結果現れる動き(なだめの部分)である。どんな型の接近も、回避との葛藤状態にある時には、同じ行動をひき起こすものであり、それこそ真性の接近ー回避行動と呼ぶべきものであることを証明できる。
《「三重の葛藤」》(攻撃的接近、性的接近、回避の葛藤)
・三つの系が含まれる葛藤も、(つがいの形成や求愛の行動において)よく見られる。
・セグロカモメのオスとメスが、互いに近くに寄ること、最後に身体的に接触することなどは、双方の鳥の中にある互いに近づこうとする傾向によって促進されるが、初めのうちは、それが他の二つの行動系によってひどく妨げられる。その二つの行動系は、いずれもそれ自体が生存価をもつ。
・オスは近づいてくるメスに対してひどく攻撃的な反応の仕方をする。この反応は一方ではメスに近づこうとする傾向と混じったものであり、同時に身を引こうとする傾向(恐れ)とも混じり合ったものである。
・メスはオスの攻撃性の表現に敏感に反応し、「萎縮」「恐れ」と呼んでいい無数の兆候が現れる。このメスの行動を分析することが、当面の課題である。
・メスは瞬間的な動揺をしやすい。終始比較的「大胆」な接近と、ほんのわずかなひきこもりとの間を行ったり来たりしているが、オスが「顔をそむける」などの「安心させるような」動きを示すとメスの不安は弱まる。積極的に誘うような動きをしたり呼び声を出したりするとメスは近づく。
・メスは、回避傾向の消失と接近準備状態の強化という方向に向かって、ゆっくり着実に変化、ついには抑制が解かれて、ごくそばに寄って行き、互いに接触、最後には交尾に至る。
・メスの動因状態は、性的な系と回避系の支配的な拮抗状態として描写せざるを得ない。
・オスはメスの萎縮状態を乗り越えてそのメスを自分に近づけようとして、メスの揺れ動く葛藤状態の現れに対して持続的に反応している、ことも見落としてはいけない。
《軽い葛藤》
・動物も人間も、一つの系の動因だけが働いている場合よりも、軽い葛藤状態にあることの方が多い。
・弱い葛藤あるいは欲求阻止のサインは、人間の行動にも「イライラ動作」としてよく見られる。動物の場合には、(生得的なため)全員が同じ形をとることが多いが、人間の場合は(生得的なものも含めて)多種多様である。*喫煙*鼻歌*あごや鼻をこする*まばたき*咳払い*鼻をつまむ*唾を飲み込む*視線をそらす*肩をねじる*唇をかむ*鍵をジャラジャラさせる*あくびをする*指をゆらゆら動かす*「非言語的漏洩」(デズモンド・モリス)
・これらの行動を理解・解釈することは、自閉症児に出会うときの助けになるだろう。自閉症児は、そういうことをして過ごす時間が正常児よりもずっと長いからである。
《不安表出阻止の長期的影響》
・動物を人為的に、持続的に強い不安状態におき、逃げられないようにしておくと、動物は強度の葛藤状態を数多く示すようになるだけでなく、永続的な変化をするようになる。*ひきこもり*パニック*「やぶれかぶれ」*「凍りつき」*「心身症的な」様相
・この不安支配型の情緒的葛藤による永続的な障害は、自閉症の問題に非常に関係が深い。 《儀式化と形式化》
・人間の「微笑」は、もともと防御的な威嚇の姿勢(歯をむき出す)に起因するが、「儀式化}の結果、唇の動きの度合いが変わり、口の両角が上の方に吊り上げられ、目の表情が(われわれが現在)「友好的」と解釈しているようなものに変化したものである。
・動物園のおりの中に閉じ込められているハイエナやオオカミは、囲いの中で際限なく走り回る習慣がつく。それは葛藤の表出法に自分独特の型をつくりだして「形式化」しているからである。
・人間の場合も、「イライラして」物をもてあそぶのは一般的な(「形式化」された)パターンであるが、何をどのようにもてあそぶかは個人によって異なる。
・これらの個別に形式化された葛藤は、自閉症児の「常同行動」に酷似している。
【感想】
 以上で、「第3章・自閉的状態の分析・・その方法と概念」は終了するが、野生動物の行動(主として動因の葛藤行動)を分析しながら、それを「文明社会」の(中で生活していると確信している、つまり野生動物と自分は違うと思っている)人間の行動と「比較・対照」する手法が、なんとも異色(ユニーク)かつ鮮やかで、たいそう面白かった。葛藤行動の「変向行動」や「転位活動」は、私たちの生活の中でも数多く見受けられる。敵対する場面でのスポーツ選手の技術や作戦には「変向行動」が取り入れられ、また、神経症患者の症状として「転位活動」(過食・爪かみ等)が現れる。とりわけ、自律神経の活性化が、動因の葛藤状態・行動の原因になるという指摘も興味深かった。さらに、セグロカモメのオスとメスが出会ってから結ばれるまでのプロセスは、人間の「ラブ・ドラマ」と何ら変わらない。さて、眼目は、人間の「自閉的状態」を分析することだが、ここまでの論述では、自閉症児と正常児の行動特徴に「違い」はない、あるのは「程度の差」だけ、ということであろうか。いよいよ次章からは「子どもの行動」を分析することになる。これまでの知識(野生動物の動因の葛藤行動)がどのように活用されるのか、期待を込めて読み進めたい。(2013.11.20)